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【感動実話】武辺寛則さんのガーナアチュワ村日本人長老伝説

   

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長老は26歳の日本人、ガーナで英雄になった日本人

毎年 2月下旬になると、アフリカ・ガーナの小さな村では、1人の長老の功績を讃える式典が盛大に執り行われるそうです。

かつて、26歳という若さで村の指導者である長老になり、今も尚英雄として、語り継がれるその人物の名は、武辺寛則(たけべひろのり)さん。

そう、日本人です。

どうして彼は、26歳という若さで、日本から遠く離れたガーナで長老となり、今なお愛され続けているのでしょうか?

そこには、1人の若者が抱いた小さな夢が起こした、大きな奇跡が秘められていたのです。

青年海外協力隊

ガーナの首都・アクラから西へ120キロ離れた、人口わずか300人足らずのアチュア村は、かつては、電気も水道もなく、自給自足で何とか生計を立てる、ガーナで最も貧しい村のひとつでした。

しかし1986年、この小さな村に、1人の青年海外協力隊の隊員が赴任してきました。

当時25歳の武辺寛則さんでした。

「ここがアチュワ村か」

青年海外協力隊・・・政府開発援助(ODA)の一環として、発展途上国に派遣されるボランティア組織

少年の夢

武辺さんは元々 隊員だったわけではありませんでした。

少し前まで、東京でサラリーマン生活を送っていました。

しかし…アフリカに行く夢が忘れられず、会社を辞めて、隊員になったのです。

実は 1970年、9歳だった頃、青年海外協力隊の募集を目にし、いつか隊員になって、アフリカで困っている人の役に立ちたいと、夢を抱いていたのです。

武辺さんの任務は村落開発と言います。

現金収入が得られるプロジェクトを村人と一緒に考えて、貧困から脱却する手助けをするというものなのですが・・・

村人の現実

村にやって来た武辺さんに、村人ジョーは、「俺たちに何をしてくれるんだ?」といきなり言ってきたのです。

「ぼくがやるんじゃなくて、やるのはあなたたちです。」

未来に向けて、アチュワ村を豊かにする手助けをしたいと答える武辺さん。

「未来?この村を豊かにする?」

「なんだそれ?話しになんねぇな」と言って、ジョーは帰ってしまいました。

「何かやりたいことはありませんか?」と村人に尋ねると、「じゃあ、何か食べ物をくれよ。」

武辺さんは当初、彼が言っていることの意味が分かりませんでしたが、生まれたときから貧しいことが当たり前の彼らには、『自分の力で生活を豊かにする』という発想はありませんでした。

彼らにとって協力隊員は、直接的な援助を与えてくれる、便利な存在にすぎなかったのです。

それでも武辺さんは、村人たちに『未来への希望』を持って欲しいという思いで、プロジェクトを立ち上げました。

『養鶏プロジェクト』でした。

実はガーナ人は、無類の卵好きだそうです。

養鶏場を作って卵を生産し、首都で販売することで現金収入が得られ、儲かることがわかれば、村人たちも みんな喜んで参加してくれるだろう、武辺さんは、そう確信していたのです。

だが・・・

「タケベ、ちょっと来てくれないか?」

「あんたに見せたいものがある」

と言って、村人のマイケルが見せたものとは、首都アクラに出稼ぎに行くため、アチュワを次々に出て行く村人の姿でした。

実はこの年、アチュワ村のあるガーナ西部は、干ばつによって、トウモロコシなどの農作物が、壊滅的な被害を受けていたのです。

「もう、今日食べるものもないんだ。」

「食料を買おうにも、どこにもそんな金はない。」

「タケベ、俺たちはどうすればいいんだ?」

「今の俺たちには、未来を考える余裕なんてない。」

養鶏にはエサ代やワクチンなど、多額の費用が必要がかかります。

もし、ニワトリが病気で全滅でもしたら、借金だけが残るのです。

今日 食べるものにさえ困る村人たちには、到底無理な計画だったのです。

その時の思いが、武辺さんの手記に記されています。

「協力隊より生活に必要な額を支給されている僕は、村人がこんな状況になっているとは、彼らに知らされるまで気づかなかったのだ。」

「自分のプロジェクトばかりを見ていて、現実の彼らの生活を忘れていた。」

「その晩、僕は恥ずかしさと悔しさで、なかなか寝つけなかった。」

「協力隊員として、俺は失格なのだろうか……」

その後武辺さんは、様々な支援団体に食料援助を要請し、村は何とか一息つくことができました。

しかし、このままでは、干ばつが起きるたびに、村人が飢えに苦しむ構図は繰り返されていくのです。

「このままじゃ・・・このままじゃだめなんだ。」

新プロジェクト

養鶏場の失敗をふまえた武辺さんは、かかる費用が少なく、村人が参加しやすいプロジェクトがないかと、村中を探し続けました。

そんなある日・・・

干ばつにも枯れることのなかった『ファンティパイナップル』を持っている村人と出会いました。

ファンティパイナップルは、この地方原産の果実で、一般的なパイナップルよりも小ぶりで青っぽいのですが、酸味が少なく 甘みもたっぷりで、首都アクラでも人気でした。

しかし、アチュワ村では、それまで数名の村人が、自分で食べるために、細々と栽培しているにすぎないものでした。

クァビナ・エデゥさん(80歳)のお話

「パイナップルは売るときの値段は高いけど、苗も高く、収穫までには1年半もかかる。」

「明日の生活も分からないアチュワの人々は、売り上げ単価は安いけど、短期間で収穫できるトウモロコシなどを栽培していたよ。」

ファンティパイナップルは、1本につき5~6本の苗が生えます。

そのため、最初の苗さえ購入すれば、毎年増えていきます。

養鶏と違い、維持費がほとんどかかりません。

「これだ・・・これならいける!」

武辺さんは、ファンティパイナップルの栽培をしようと村人たちに呼びかけましたが、彼らに苗を買うお金はなく、現在栽培されているわずかな苗を増やすとしても、1年半以上はかかります。

養鶏同様、現実的なアイディアではないと思われました。

その一か月後・・・

村にファンティパイナップルの苗が届いていました。

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村人の変化

「みんなでやりましょう。パイナップルを!」

実は、武辺さんは各国の大使館をかけずり回って、援助を要請し、苗を買うために必要なお金を集めて回っていたのです。

「もし、この村の畑が、パイナップルで一杯になったら、アチュワ村は必ず変わります!」

しかし、武辺さんの計画に賛成してくれたのは、村人の3分の1ほどだけでした。

それでも、武辺さんと、プロジェクトに賛同してくれたマイケルたちの挑戦は始まりました。

そして、ここからが、本当の苦難の始まりだったのです。

まず、栽培するための畑を、一から開墾しました。

農業用の機械などあるはずもなく、全てが手作業でした。

さらに、大きな問題が・・・

武辺さん自身、農業は全くの素人だったのです。

そのため、最適なパイナップルの栽培法を求め、ガーナ中を飛び回り、農業指導をしている隊員に相談しました。

夜は、土壌改良の方法など、慣れない農業の専門書を読み漁り、日中は気温40度を超す酷暑の中、先頭に立って働き続けました。

夢は叶う

そんなある日のことです。

武辺さんは風土病のマラリアにかかり、倒れてしまいました。

疲労が蓄積して、極度に免疫力が低下していたのです。

それでも畑に出ようとする武辺さん・・・

マイケルは、「お前はどうして村のためにここまでする?」と聞きました。

すると武辺さんは、

「それは、僕の夢だからだよ・・・」

「意志あるところに、道は通じる」

「未来を信じて必死に努力すれば、きっと夢は叶うんだ。」

『アフリカで困っている人を助けたい・・・』

そんなある日のこと・・・

プロジェクトにずっと反対していたジョーが、自分もやってみたいと言ってきたのです!

パイナップル作りに参加する村人は、ひとり、またひとりと増えていきました。

村人たちの意識は、少しずつ変わり始めていました。

村の長老に

マイケルは武辺さんに、

「タケ、できればずっとここにいてくれないか?」

「この村にはお前が必要だ。」

「ありがとうマイケル。」

「けど、それじゃダメなんだ。」

「僕なんかいなくても、君たちだけの力でやっていけるようになる。」

「それが僕のもう1つの夢だ」

「だったら、村の長老になってくれないか?」

「村の長老になれば、日本に帰ってもずっと村の人間だ。」

「忘れないで欲しいんだ、俺たちのことを・・・」

そして、武辺さんは、村のNo.3の立場にあたる、長老(ナナシピ)に就任しました。

わずか26歳の外国人が村の長老になるのは、異例中の異例でした!

武辺さんの情熱で、村人たちは変わり始めました。

悲劇が・・・

パイナップル畑も順調、夢は実現間近かと思われたのですが・・・

収穫まであと半年に迫った時、思わぬ事件が起こったのです。

その日、武辺さんは、病人を運ぶため、隣町への道を急いでいました。

その時・・・

ハンドル操作を誤り、道路から転落してしまいました。

その後 行なわれた懸命な治療も虚しく、1989年2月25日、武辺さんは、わずか27年の生涯を閉じたのです。

「タケベ、俺たちはこれからどうすればいいんだよ。」

マイケルは、悲しみに暮れながらも、武辺さんの夢を引き継ぐことを決意し、畑に向かいました。

さらに他の村人たちも、畑仕事を続けるために集まって来たのです。

それは、かつての村人たちの姿ではありませんでした。

武辺さんという指導者を失っても、誰も諦める者はいませんでした。

そこには、未来に向けて、自分たちの意志で歩み始めた村人たちの姿がありました。

開けた未来

そして、武辺さんが亡くなってから半年後、村人たちの眼前にには、見渡す限り、一面に敷き詰められたパイナップル畑でした。

その後、パイナップル畑は、村人たちの手によって拡大されていきました。

そして、アチュア村のパイナップルは、首都アクラ、さらには、ヨーロッパにまで出荷されるようになったのです。

さらに、その現金収入が、アチュア村に大きな変化をもたらしました。

村人たちがお金を出し合い、電気や水道などのライフラインが整備されていったのです。

ガーナで最も貧しい村のひとつだったアチュアは、豊かな村へと変貌を遂げました。

そして、変わったのはそこだけではありません。

村中に未来を信じ、前向きに生きる人々の笑顔が溢れるようになりました。

武辺さんが夢見た風景がそこにはありました。

武辺さんの死後、アチュア村には、その功績を讃える記念碑が建てられました。

もちろん、費用を出したのは村人たちです。

記念碑がある武辺ガーデンは、亡くなってから26年が経つ今も尚、大切に守り続けられています。

そして、武辺さんが亡くなった2月になると、彼の意志を後世に語り継ぐために、村を上げての盛大なセレモニーが毎年開催されています。

実は、亡くなる半年前、武辺さんは、ガーナで遺書を書いていました。

「私は、とても穏やかな気持ちでこの手紙を書いています。私の体に間違いが起こったときのために残しておきます。僕は自分自身で選択した道で、こうなったのだから、後悔はありません。最後に、自分の死に際して、もしも集まるお金があれば、恵まれない人のために使って欲しい。」

ご家族は 遺書に従い、そのお金で、アチュア村に学校を開設しました。

母・武辺かをるさん

「息子も嬉しいと思います。」

「親も子も満足です」

[出典:2015年4月30日放送「奇跡体験!アンビリーバボー」]

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