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【感動】畠山陽一さん 余命宣告後ヒマラヤ登山の理由

      2017/07/19

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余命わずかでヒマラヤ登山・山が育んだ夫婦愛!そして奇跡

山が育んだ夫婦の愛、そして奇跡とは?

1

今から16年前の2000年4月、一組の夫婦がヒマラヤ登頂に挑戦していました。
プロの登山家でもリタイヤするほどの難関を、しっかりとした足取りで登っています。

ともに60歳を越えた夫婦です。
さらにこの時、夫は余命宣告を受けた身でした。
それなのに何故、彼らはヒマラヤに挑んだのでしょうか?
”山が育んだ夫婦の愛、そして奇跡とは?”

末期がんで余命3ヶ月の宣告

3

今から56年前の1960年、地元秋田で出会った2人。
陽一さんは登山、烈子さんはハイキング好きでした。
山という共通の趣味から2人はすぐに意気投合し、1年後の1961年に結婚しました。

4

陽一さんは、きのこ研究の第一人者として活躍するかたわら、妻と共に国内外の山を踏破していました。
烈子さんも登山の魅力を覚え、結婚後40年近く充実した生活を送っていました。

しかし、結婚から38年後の1999年、陽一さんに不幸が襲うのです。
それまで病気一つしたことがなかった陽一さんでしたが、突然原因不明の腰の痛みが…。

検査の結果、悪性のリンパ腫(血液のガン)だと判明しました。
さらにガンは、胃、ひ臓、すい臓にも転移して、すべてが末期状態のステージ4でした。

烈子さん≫
「余命3ヶ月と言われたので、私はもうパニックになって、これからどうしたらいいのだろうか?毎日悲しい思いを人の何倍も背負ったような気持ちでした」

手術で、胃とひ臓を切り取っても、余命いくばくもない状況に変わりはありませんでした。
陽一さんは病室で、残り少ない日々を書き綴ることにしました。

闘病日記より≫
”今後どう治療しても、登山は絶対無理と言われた時は死刑判決を受けた感じで、目の前が真暗になり、倒れそうになった。これで俺の人生は終わったのだと思うと、無性に涙が出て止まらなかった。”

烈子と一緒にヒマラヤに登りたい

手術からしばらく経った1999年9月のある日、陽一さんの目にある光景が映りました。
それは、入院以来、毎日家から1時間近くかけ、自転車を漕いでくる妻の姿でした。

闘病日記より≫
”今日などは真夏に近い天気、自転車で来た烈子は、この暑さで大変だったろう。ご苦労さん。”

一番辛いはずの妻が、自分のために誠心誠意尽くしてくれている姿を見て、残された時間、妻のために何かをしてやりたいと陽一さんは思いました。

そんな陽一さんに、ある日とんでもない考えが浮かびます。
それは《烈子と一緒にヒマラヤに登りたい》

実は、4年前の1995年、2人は烈子さんの還暦記念に、ヒマラヤ山脈麓の初心者コースを踏破していました。

烈子さん≫
「雄大で圧倒されて…ヒマラヤってすごいところだな、ここまで来たのだからもうちょっと遠く(の雪山)まで行ってみたいなと言ったら、(陽一さんが)この先には5500mというゴーキョ・ピークがあると。それで私が、そこに行きたいと何となく言ったんです」

いつか2人で、ヒマラヤ山脈の雪山に登ろうと約束していたのです。

どうせ死ぬのなら約束を果たしたい

「ヒマラヤ? バカなこと言わないでください」

当然、医者は反対しました。
胃を全摘出し、体力も落ちている末期ガン患者が、ヒマラヤを登るなど言語道断だと。

すると陽一さんは、大胆な行動に出ました。
なんと、勝手に仮退院をしてしまったのです!

”どうせ死ぬのなら約束を果たしたい。”

そして、体力の回復を目的に、烈子さんと山を歩き回りました。

烈子さん≫
「約束したけど(病気で)叶わないと思って、自分ではね。そう思ってたのを(ヒマラヤに行くと夫が)急に言ったから。(一度)言えば聞かない人だから、それで私も行くしかないと思って」

夫の思いを踏みにじることはできない、烈子さんは陽一さんの身体を気にしつつも登山を決意、2人の過酷な挑戦がスタートしました。

目的地は、あの時2人で話していたゴーキョ・ピーク、カラ・パタールというヒマラヤ山脈にある2つの山、ともに標高は5000mを超えます。

烈子さんは心肺機能を強化するために、重くしたリュックを背負ってトレーニングを開始、吹雪の中でも毎日続けました。

かくして2人は、夫婦最後の思い出作りに旅立ちました。

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ついに、登頂に成功!

夫婦最後の思い出作り、最初の目的地である、カラ・パタール山頂まではおよそ40日、上級者向けの長丁場です。

当初、陽一さんも予想以上に元気でしたが、中腹に近づくにつれ、気温も下がっていきます。
ガンに蝕まれた体は、この過酷な環境に耐えられるのでしょうか?

壮絶なヒマラヤ登山の様子は、現地で陽一さんが書いた「旅の記録」に記されていました。

旅の記録より≫
”あちこちで大規模な岩雪崩の跡が見られ、通過する時も細心の注意を払わないと、思わぬ災害に巻き込まれる恐れがある。しかも新雪の下は凍結した氷河、足を取られ雪に埋もれながら、まさに死に物狂いでただ上を目指した。”

烈子さん≫
「高さが増すにつれて私は大変だったけれど、主人を見ると別に高さが増したから容易でないというふうには見えなかったです。(周りの登山者は)病気したんだと言っても、えっ!誰が?ってそんな感じで登っていったんですよ」

それは死を覚悟した男の強さなのでしょうか?
それとも、支えてくれた妻に最高の景色を見せてあげたい、その一心からでしょうか?
不可能と言われた夫婦の夢でしたが、2人は一歩一歩、確実に頂上へと近づいていました。

そして夫婦はついに、登頂に成功しました!
余命宣告を受けながら、妻との約束を見事に果たしのです!

旅の記録より≫
”烈子、夢にまで見たヒマラヤの5500m峰頂上に立つ。おめでとう。これからもぴったりと地面に足をつけ、自分で自分の道を頑張って欲しいと思う。”

烈子さん≫
「頂上に立ったときはもう、今までいろんな事があったけれど一気に吹っ飛んだ。よくここまで2人で何事もなくここまで来たってだけで満足。2度とここには来ることもないでしょうし、そう思ったら胸がこみ上げてきてね…」

こうして烈子さんは、末期ガンを押してヒマラヤへと挑んだ夫の勇姿を永遠に胸に刻みました。

山がもたらした奇跡とは!?

しかし、物語はそれで終わりではありませんでした。
ヒマラヤ登頂から16年が経った今年7月、秋田の烈子さんの元を訪ねてみました。
奥に案内されると、私たちの目に驚きの光景が!

なんと、陽一さんが家にいました。
余命3ヶ月を宣告されての強行登山から実に16年、一体何が起こったのでしょうか?

16

陽一さん≫
「何かが出来る、残せるはずだ、ということからスタートしたんです。ガンが何さ、今生きてるじゃないか、という姿勢で終始臨みましたけれども、なんかガンが遠慮して今、休んでくれているのかなって。少なくても私に関して、ガンはストップしていると思っています」

なんと、ガンの進行が止まったというのです。
酸素が薄くなる高地では体力が落ちるため、ガンに侵された身体には、決して良い環境とは言えないといいます。
まさに奇跡!

元国立ガンセンター外科部長、竜崇正博士≫
「アメリカで大規模な乳ガン患者の比較研究で、前向きにとらえてお互いに支え合っているグループと、1人で閉じこもっているグループとの生存率を比較したところ、倍ぐらい前向きなグループの寿命が延びるという結果が出て、医学的に証明されていると思います。こういう患者さんのように、生きがいを持って自分のやりたいことを生き生きとやると、そういうことによって、リンパ球が増えて罹患を抑えるという免疫療法としての効果があったと思います」

あれ以来、烈子さんと一緒に、夫婦で何度もヒマラヤへ。
夫婦で山に登ることが生き甲斐になったのです。

陽一さん≫
「人生は1回きりですね。そして死ぬのも1回きりなんです。思いついた時に、今すぐに行動に移そう、全力投球しようと。そういう姿を自分で描きながら生きているつもりです」

烈子さん≫
「家に閉じこもっていたら全然ダメだけど、山に行けば晴れ晴れとして。歳 重ねるごとに、山の魅力ってのがわかって…。病気になって十指に余る悲しみで泣いたけど、2人で山に登って帰りには笑って悲しみを置いてこれるのも、これもまた山のお陰だと思います」

夫婦で伝える山の魅力

今でも2人で山に写真を撮りに行く畠山さん夫婦、烈子さんは50歳からカメラを始めたといいますが、その腕前はセミプロ並みだそうです。

すっかり元気になった陽一さんは、本来のきのこと野草の研究も充実、地域文化への貢献が認められ、2014年 秋田県芸術選奨特別賞を受賞しました。

陽一さん≫
「山はまず美しいんですよ。めちゃくちゃに美しいんですよね。山は本当に我々豊かでない人間の心までを和やかにしてくれるし、山があるから人間は、のどかな生活ができると私はそう信じています」

夫婦の愛と絆を育んだ山。
時に厳しく、時に優しくもある山の魅力を、これからも2人で伝え続けていく!

[出典:2016年8月11日放送「奇跡体験!アンビリバボー」]

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