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新撰組副長・土方歳三のプレイボーイ伝説

      2019/03/04

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新撰組スキャンダル 土方歳三のプレイボーイ伝説

表と裏の顔を持つ人物のスキャンダル、スキャンダル日本史 第6弾。
歴史を動かしたにも関わらず、教科書には絶対載らない泥沼スキャンダル、今回のテーマは「カリスマと言われながら裏の顔を持つ男」。

度々週刊誌を賑わす「表と裏の顔を持つ人物のスキャンダル」は、今も昔も同様です。
今回の主役は、幕末を駆け抜けた新撰組の副長・土方歳三です。

[出典:土方歳三 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%96%B9%E6%AD%B3%E4%B8%89]

時は、大政奉還からさかのぼって4年の、文久3年(1863年)

幕末の京都の治安を守るために、最強の剣士軍団・新撰組は結成されました。
土方は、隊をまとめ上げるため「局中法度」という鉄の掟を作りました。

掟に背いた者は、切腹を命じられました。
その数なんと、39人でした。
京都における新撰組隊士の死因は、戦場での死亡よりも「規律違反による処刑」の方が圧倒的に多かったといいます。

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そんな土方も、鬼と言えど所詮は「男」。
こんな裏の顔がありました。

鬼の副長・土方歳三の裏の顔とは!?

土方歳三の裏の顔、それは「とんでもない女たらし」でした。
関係を結んだ女性は数知れず、しかも、新撰組のある京都だけでなく、全国至る場所の女性たちと関係を結んでいたといいます。

さらにたちが悪いことに、女たちと遊ぶお金を、遊女に負担してもらったというのです。
表の顔からは想像もできない女たらしの土方、彼はさらならゲス行動に出ます。

土方が行なったゲス行動とは!?

新撰組の資金援助をするスポンサー・小島鹿之助のもとに、土方はモテ自慢のため「とんでもないモノ」を送りました。
それはなんと、女性たちが土方に送ったラブレターでした。

土方はなぜ、女性たちのラブレターを送ったのでしょうか?
実は、ラブレターを小島に送る1年前に、こんな手紙も送っていました。

嶋原の花君太夫、天神、一元
祇園にては、いわゆる芸子が三人程います。
北野にては、君菊、小楽と申す舞妓
大坂新町にては、若鶴太夫の外に二、三人もおります
北の新地にては沢山いますので
筆では書き尽くせません。

それは、全国の花街で自分を慕う女性たちを、街ごとに紹介した手紙でした。
自分のモテっぷりを証明したいために、その1年後に、わざわざラブレターをまとめて送ったのだといわれています。
[出典:2017年6月4日(日)放送「林先生が驚く初耳学!」]

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