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【感動実話】松井秀喜の5連続敬遠の影で本当の挫折を味わった男~月岩信成

   

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1992年8月16日、夏の甲子園球場で何が起こったか覚えていますか?

高校通算60本のホームランを打った松井秀喜は「怪物」と呼ばれ、彼のいた星稜高校は優勝候補でした。
ところが、石川県の星稜高校VS高知県の明徳義塾高校戦で、星稜の松井秀喜が5打席連続敬遠をされ、怪物と言われた松井の夏は、2回戦で終了しました。この事件で一番傷ついたのは、「悲劇のヒーロー・松井秀喜」と誰もがそう思うでしょう。

しかし、最も深く傷ついた者は別にいたのです。
当事者の松井はこう語っています。
「敬遠ということに絞って考えると、彼以上に悔しい思いをして人はいないと思いますよ。」
その男とは、松井の次を打つ、星稜の5番打者・月岩信成選手です。

150212_003[出典:TBS公式 YouTuboo]

松井は当時から「超高校級」と言われ、明徳義塾の馬淵史郎監督は試合後、
「(星稜の練習を見て)高校生の中に一人だけプロの選手が混じっていた」とコメントしていたほどです。

5番月岩も、松井に引けを取らない強打者でした。4番松井が敬遠されても、次の5番・月岩が打てば逆転勝利でした。しかし、結局はサードゴロに終わり、月岩は打てなかったのです。

このとき、社会で問題になったのは、勝利至上主義の明徳義塾のやり方でした。試合終了後、明徳義塾の宿舎には、抗議や嫌がらせの電話が相次ぎ、監督や選手を守るために、警察官やパトカーが出動するほどでした。

続く3回戦で、明徳義塾は広島県の広島工業と対戦しましたが、前試合からの騒動による精神的ダメージは拭えず、本来のプレーを殆ど発揮できないまま、広島工業に0-8と大敗を喫したのです。

この敬遠で、明徳の先発投手・河野和洋も被害者の一人です。馬淵監督は、甲子園で1勝でも多く勝つためには、松井を敬遠するしかなく、その「大人の判断」に、18歳の少年は従うしかなかったのです。

しかし、5番月岩選手の場合は違っていました。
河野投手は「ヒール」にならざるを得なかったのですが、月岩選手は「ヒーロー」になるチャンスだったのです。
5回チャンスを与えられたのに、5回ともチャンスをものにできなかった。それが彼の悲劇でした。

松井がのちにこう語っています。

「ぼくがベンチに帰ってきて、もう、すぐ片付けてね、皆片付けていたんですけど、彼が一人だけベンチの裏で泣き崩れてたんですよ。ぼくはそれをスゴイ覚えていて、ぼくは彼に声をかけたんですよ。『仕方ないって。お前のせいじゃないよ、仕方ないって』。本当にもう、彼の落胆ぶりは激しかったですから……。」

月岩は、試合が終わったあとは「あー、打てなかった」ぐらいの気持ちしかなかったが、地元に戻ってから厳しい現実を突き付けられたのです。

彼に張られたレッテルは、「松井を助けられなかった情けない5番」
道を歩いていても、「あの人敬遠の……」「打てなかった人だ」「最低だったよねー」という声が聞こえてくる。

自宅には、取材の電話が鳴りやまない。取材は自宅にも押しかけてきた。自宅のポストには、中傷罵倒の手紙が……。
それを月岩は必死に耐えていたのです。当時の月岩は、学校にも行きたくない、人にも会いたくない状態でした。それぐらい、精神的に参っていました。

3年生を送る会で、月岩は、「打てなかったことを将来のプラスになると思って受け止めたい」と話し、必死にその事実を受け入れようとしていました。

当時を松井はこう語っています。

「すごいことを言うなあと思って……全員拍手ですよ。みんなが彼を応援しようと思ってたし、もちろん実際してたしね。」

月岩は「大学で野球を続けよう」と、進学が内定していた野球部の練習に入学前から参加しました。しかし、そこで心無いからかいをする者とケンカをして、大学への進学はなくなったのです。そして、彼は大好きな野球を捨てました。

その後、どこに行っても、冗談交じりで言われる言葉が、彼にとってはすごく心に響いてしまうのでした。
野球を止め、周囲との連絡を絶つと、野球関係者は、月岩は自殺したとか、ヤクザになったとか噂するようになりました。
しかし、実際は、職を転々としていたのです。

不動産の営業マン、飲食業、旅館の従業員……。
何をやってもうまくいかない、もう人生いいやって気になったのです。
結婚もしていましたが、3年で離婚、子供もいました。

あのゲーム以降、野球に興味が向かなくなり、甲子園もプロ野球も見なくなったと言います。みんなが優しい言葉をかけてくれても、彼からすれば「本当は違うんだろう」と聞こえたのです。
「野球はもういい」そればかりが、彼の頭にありました。

そんなある日、ふとテレビに目が留まりました。
それは、かつての同級生・松井がヤンキースに移籍して初めてのホームでのデビュー戦でした。
チャンスに回ってきた松井の打席、直前のバッターが敬遠されていました。
“あの時”の自分と同じ状況に松井がいました。
1アウト満塁の場面、デビュー戦で満塁ホームランを打ったのです。

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プレッシャーをものともせず、最高の結果を出したのです。
それを見た月岩は、「松井君はやっぱり違うな」と初めて思ったそうです。
「やっぱりすごいな、こんなすごい選手と一緒に野球やってたんだな」と、とても感動したそうです。
鳥肌立つくらい感動して、涙が止まらなかったそうです。

あの甲子園から自分を見失い、逃げることしか考えてこなかった月岩の心に、松井のホームランが光を灯したのです。

「なにやってるんだよ俺、こんな腐ってる場合じゃねえよ。」

そして、心機一転、料理修行の経験を活かし、月岩は串カツ店を開店しました。
店の名前は、串に56と書いて、「KUSHI56(くしころ)」。
この56は、松井の背番号「55」の次!

1本56円ということでやろうと思って。今は閉店していますが、新たな1歩を踏み出しました。
そして、同級生が毎年やっている温泉旅行に参加、高校時代の話で盛り上がり、「友達っていいな、仲間っていいな」と実感しました。

松井選手も、
「『お前が打ってれば勝ってたんだよ』と冗談で言いたいですよ。今はみんな、わらって話せる話題ですよ、チームメイトも。」

番組の終わりに、彼に会いに来た人がいました。
明徳義塾の河野和洋投手でした。現在、大学の野球部でコーチを務めているそうです。
河野さんも、あの試合はほとんど覚えていないそうです。

松井を敬遠することは決まっていて、月岩を攻略するために、弱点を徹底的に研究していたそうです。

“月岩を好打者と認めていたので、月岩を押さえれば勝てるという作戦だったのです。”
この事実が、もっと早くに世間に知られていれば、月岩さんの人生は変わっていたかも知れません。

「月岩は打てなくても仕方なかった」という認識になって、世間の風当たりも少なかったかも。

この話を聞いた時、たくさんの人に知ってもらいたいとずっと思っていて、今でもいろんな人に話します。
月岩さんのように、人生をやり直せる人がたくさんでてきてほしいなと心から思います。(S.A.)

[出典:2014年4月6日放送「今夜解禁!石橋貴明のスポーツ伝説…光と影」]

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 - 感動

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Comment

  1. PP より:

    一番悪いのは監督。敬遠を見に高校野球に来ない。
    その意味で両高校の生徒に対する侮辱だ。

  2. 56っていい より:

    いい話に感動しました。月岩さん応援しています。

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