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「奇跡の人」を救った一人の女性

      2019/05/17

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皆さんは「奇跡の人」をご存知ですか?

Wikipediaには以下のように書かれています。

 『奇跡の人』(きせきのひと、the Miracle Worker)は、三重苦の障害を克服したヘレン・ケラーと、彼女に奇跡を起こしたミラクル・ワーカーである家庭教師のアニー・サリバンを描いた、ウィリアム・ギブソン(同名のSF作家とは別人)による戯曲。アン・バンクロフト(タイトル・ロールであるアニー・サリバン)とパティ・デューク(ヘレン・ケラー)が演じて1959年に初演された。

この『奇跡の人』はアン・サリヴァンの記録をもとに書かれたものであるが、有名な井戸水を手にかけて「ウォーター」という言葉を理解し発した、というエピソードはこの戯曲における創作である(実際にはサリバンの著作では、ケラーはこの時”water”と綴っている。ケラーが発声できるようになるのはもっと後のことである)。

[出典:奇跡の人(Wikipedia)> https://ja.wikipedia.org/wiki/奇跡の人 ]

 三重苦の障害を克服したヘレン・ケラーの事ではなく、サリバン先生の事を指しているのです。

ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン 実は”奇跡の人”はサリバン先生のことだった!【その日、歴史が動いた】

のっけから私見で失礼しますが、障害を持っている方に対し「○○の不自由な方」というのはものすごく失礼な表現ではないかと思うことがあります。

電車で毎日聞くようなありふれたフレーズですけれど、生まれつきにしろ何らかの病気・事故が原因にしろ、誰も好きで不自由な状態になったわけではないのに、殊更それを強調する必要はないんじゃないかと。

それに、例えどこかが普通の人と違っていても、素晴らしい頭脳や運動神経、人格をお持ちの方はたくさんいます。 パラリンピックの選手達は皆さん練習を重ねて世界の舞台に立っているわけですし、他の分野だって障害を乗り越えて功績を残した人はいますよね。

ときに「奇跡的にナントカカントカした」と言われますけれど、それまでの過程にはご本人の努力と周囲の協力が欠かせません。奇跡は偶然起きるものではなく、努力が実を結んだ瞬間を形容する言葉なのですから。

今日はその一例、おそらく世界で最も有名なあの人についてお話したいと思います。

サリバン先生自身も障害を抱えていた

1866年のあす4月13日、ヘレン・ケラーの恩師であるアン・サリヴァンことジョアンナ・マンズフィールド・サリヴァン・メイシーが誕生しました。 日本では慶応四年にあたります。幕末ごろの人というとちょっと妙な感じがしますね。

お弟子さんが目・耳・声の三重障害を持っていたため隠れがちですが、サリヴァン自身も障害を抱えていました。 幼い頃にかかった眼病のため、目が見えなくなってしまったのです。

母親を亡くした上、さらに弟の死と失明の時期が重なったため、一時は食事を拒むほどの絶望の中にいたこともありました。 しかし入院先の看護婦に励まされ、少しずつ希望を取り戻していったのだそうです。

後に手術を受けてある程度の視力は回復したものの、通常の明るさでも眩しいと感じてしまうため、常にサングラスを使っていたとか。 彼女の写真が何枚か現存しているのですが、撮影時はかなり辛かったのではないでしょうか。

積極性を取り戻した彼女は勉学に励み、さらに友人を得て大きく成長していきます。 この友人はローラ・ブリッジマンという女性で、視覚と聴覚の二つに障害を抱えており、それを克服したこれまたスゴイ人でした。 ローラとの交流、そして自身の障害が後々ヘレンの指導に役立ったといわれています。

ヘレンの家庭教師に

卒業生総代を務めるほどの優秀な成績で卒業した後、アンは電話の発明者であるアレクサンダー・グレアム・ベルの紹介により、ヘレンの家庭教師になりました。

水を手に注ぎながら指文字を示し、「water!」と認識させた話が有名ですね。 二人の話をする上で必ず語られるエピソードですが、これはアンが来てから一ヶ月程度しか経っていなかった時期のことだそうです。

相性の良さやアンの有能さ、ヘレンが本当は優れた感性を持っていたことなど、いろいろ要因が重なった上での「奇跡」といえるでしょう。 この逸話を中心とした戯曲の邦題も”奇跡の人”ですよね。

おそらく9割以上の日本人が「あんなに障害を持っていたヘレンはスゴイ。奇跡の人というに相応しい!」と思っているでしょうけれども、実は原題からするとちょっと語弊があります。

奇跡の人の主役はアン先生!

原題はどんな感じかといいますと、”The Miracle Worker”なのです。

この時点で働いていたのは誰か?と考えると、自然とどの人を指しているかはわかりますよね。 奇跡が起きた対象はヘレンですが、そのきっかけを作ったのは間違いなくアンなのですから。

その後へレンも世界中の人々のために活動しているので、全く違うかというとそうとは言い切れませんけれども。 アンは50年近くヘレンに教え励まし続けたため、生涯をたどるとほぼヘレンの一生と重なってしまいます。

そのためか、各所の記述でも彼女自身のことは概要程度のあっさりしたものしかありません。 最も側にいたヘレンがアンの伝記を書いているので、それ以上の資料が存在しないと見ることもできますかね。

後世の人間としてはアン自身がどう思っていたかを知りたいものですが、本人が日記を焼き捨ててしまったそうなので仕方ないといえば仕方ないのかなあという気もします。

ところで、アンは教員資格を持ってはいませんでした。 しかしヘレンが生涯を通じて「先生」と呼び親しんだのは彼女ただ一人でもあります。 世間一般で言われる高等教育や資格よりも、アンへの敬意や感謝がそうさせたのでしょう。

やれ資格資格と騒がしい世の中ですが、敬われる人には資格よりも「心の視覚」が備わっているのかもしれませんね。

長月 七紀・記

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/アン・サリバン    http://www.geocities.jp/torikai007/bio/sullivan.html

[出典:ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン 実は”奇跡の人”はサリバン先生のことだった!【その日、歴史が動いた】(BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) > https://bushoojapan.com/tomorrow/2014/04/12/17536 ]

そしてさらに、そのサリバン先生を救った「ある女性」がいる事をご存知ですか?

 ヘレンケラー。

目が見えない、耳が聞こえない、話せない…三重苦という完全なる闇を抱えながら、アニーサリバンという最高の師と出会い、世界の福祉制度を変えた、誰もが知る偉人です。

今から私がお話しするのはヘレンケラーのことではなく、100年ほど前にアメリカのニューイングランド州の病院に勤めていた、一人の『お掃除のおばさん』のお話です。

おばさんの働く病院には、『緊張型精神分裂症』と診断された9歳の女の子が入院していました。

女の子は幼くして両親と生き別れ、弟と一緒に施設に引き取られたのですが弟もほどなくして亡くなり、大きな悲しみに暮れた少女はそのショックから視力を殆ど失って、追い打ちをかけるようにこの重い心の病にかかってしまったのです。

著名な医師たちが彼女を診断しますが、治る見込みはない、ということでした。 当時は精神障害に対して差別も色濃かった時代であり、彼女は一日のほとんどを、鉄格子のついた病室のベッドに横たわって過ごしました。

笑うことも、言葉を発することもなく、ただ死を待つばかりでした。 おばさんは、少女の部屋の周りを毎日掃除しにやってきます。 おばさんにも、同じくらいの年の娘がいるので不憫に思いながら…時折声をかけてみます。

『元気?』

「……」

『いいお天気だよ。 あんた、今日も 全然食べてないじゃない』

「………」

『少しは食べて 元気出さなきゃね』

「………」

少女は表情一つ変えることはありません。 そこでおばさんは、毎日病室の前を去る前に、ちょんちょん、とホウキの柄で少女の肩を優しくつついてあげることにしました。

直接触れることはできない、でもホウキなら…

『明日も来るからね』 ちょんちょん。

『ご飯持ってきたよ』 ちょんちょん。

『さあ、今日も廊下を きれいにしておいたからね』 なでなで。

鉄格子の間からホウキを差し入れて、そっとつついたり撫でたり。 そんなことしかしてあげることはできませんでしたが、それでも何かせずにはいられなかったのです。

それから三か月ほど経ったある日、小さな変化が起きました。 おばさんが病室の前に行くと、いつもベッドに横たわっていた少女が、座っているのです。

『あれ! 今日は顔色もいいじゃない! 具合がいいの?』

「……」

『良かったね、 今日はおばさん、 張り切ってきれいに しておくからね』

「………」

『また明日ね』 ちょんちょん。

それから少女は、少しずつご飯のお盆を手で受け取れるようになり、ほんの一言ずつでしたが言葉を発するようになり、弱視ながら視力を取り戻して、笑顔まで見せるようになりました。

偉い医師たちが匙を投げた少女は、やがて奇跡のような回復を遂げていったのです。 それから約10年後。 この病院の院長は、アラバマ州から来た紳士からある相談を受けます。

紳士の子どもが重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。 その頃、あの少女は19歳になっていました。 院長は自信を持って、彼女を紳士に紹介しました。

彼女の名は、アニーサリバン。 病室でただ死を待つだけだった、あの少女です。

ヘレンケラーの世界的偉業は、アニーサリバンの存在があったからこそ、という事実は私たち誰もが知るところですが、ではそのアニーサリバンは誰によって未来への扉をひらかれたのでしょうか。

ホウキの先ほどの、小さな愛。 どんな大木も、たった一粒の種から生まれ、どんな大企業も、たった一人の志から始まります。

私たちは、『いい世界を創ろう!』などと聞くと、 『私なんかに そんな大きなことは できない…』 と思ってしまいがちですが、 あなたのたった一言、たった一つの愛の行動が、 今日もあなたがいる場所の片隅にあたたかな火を灯し、やがて世界を変える大きな力になるかもしれません。

『今日は どんな一歩を 踏み出しますか?』

[出典:津田ひろあきの【ひろめ~る 心に小さな火を灯す】 > https://www.agentmail.jp/archive/mail/1172/3699/149643/ ]

この「お掃除のおばさん」がいなければ、サリバン先生の奇跡の回復はなかったかも知れません。そして、「奇跡の人」と呼ばれる感動ストーリーも生まれなかったかも知れません。

しかしこの「お掃除のおばさん」は、”私が彼女を救ったんです!”なんて言いませんでした。

「私はただ、ホウキでちょんちょんとつついて、毎日声をかけただけなんです」なんて言うだけでしょう。

もしかしたら、今日のあなたの優しい行動が、未来の奇跡を起こすかも知れませんね。

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