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中村哲雄町長の挑戦!岩手県葛巻町おこし革命作戦

      2017/07/23

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故郷に自信と誇りを!町を変えた仰天のアイデア

「ないない尽くしの町」

岩手県の北部に位置する葛巻町は、鉄道も高速道路のインターチェンジもなく、温泉などの観光資源もない、いわば「ないない尽くしの町」。
若者たちは都会へと離れ、人口はここ40年で半分にまで減少(平成27年度は6300人)。
町の財政は困窮を極めていました。

ところが、そんな葛巻町に今、立派な施設が次々と建設され(風力発電・太陽光発電)、とても過疎の町とは思えないほど活気がみなぎっています。
一体、この町になにがあったのでしょうか?
そこには、絶体絶命の町を救った、2人の男たちの《郷土への深い愛》がありました。

「現状をなんとかしたい」

1

今から36年前の1980年、地元の町役場に就職した中村哲雄さんは、公営牧場を経営する畜産公社に出向していました。
畜産は町の産業ではありましたが、それだけでは生活できず、農家の多くは出稼ぎへ行きました。
中村さんは、そんな現状に胸を痛めていました。

2

一方、町役場の後輩に当たる鈴木重男さんの配属先は林業課でした。
当時、地元の人間は、葛巻出身ということを隠す傾向にあり、鈴木さんは、町の人たちが葛巻町を誇りに思っていないことを悔しく思っていました。
「現状をなんとかしたい」と思っても、中村さんも鈴木さんも、どうしていいかわかりませんでした。

「働く場所を作りたい」

中村さんの畜産公社では、2つのビジネスを行っていました。
1つは肉牛を育てて売る、もう1つは、地元の酪農家から、搾乳できるようになるまで子牛を預かり、預かり料を貰うというものでした。

3ある日のこと、関東の酪農家から電話が掛かってきて、《葛巻町で子牛を預かり、育てて欲しい》という依頼がありました。
関東などの県外には、子牛を育てるスペースがないところも多いので、そんなところの牛を預かって育てたら…。

中村哲雄さん≫
「ビジネスになればプラマイゼロで良いと。赤字にしないようにならなければいい。働く場所が出来るじゃないですか。働く場所を作りたい、すべてそうです」

ワイン造りを葛巻町の新たな産業にしたい

一方鈴木さんは、突然町長から、ワインの勉強をするように指示されました。
町長は、ワイン造りを葛巻町の新たな産業にしたいと考えていたのです。

鈴木重男さん≫
「(ワインを)飲みたい人もいない。飲んでる人もいない。造れる人もいない。どれをとっても上手くいくはずがない、そう思っていたんですね」

「ここにはワインを造る原料がない」と言う鈴木さんに、町長は「ヤマブドウでワインを造れば良い」と言いました。

野山に自生するヤマブドウは、葛巻の特産品でしたが、酸味が強く、当時ワインには適さないと考えられていました。
そして鈴木さんは、東京の農業科学化研究所に研修に行くように、町長から指示されたのです。

鈴木重男さん≫
「東京にも多少憧れもあったし、どうせ失敗する事業だし、東京で1~2年遊ばせていただくのも有難いな、ぐらいの感覚で行きました」

一方、牛の保育ビジネスを始めた中村さんは、県外への出張のたびに酪農家を周り、宣伝に努めました。
すると、《1頭につき1日五百円》という預かり料の安さも手伝い、徐々に全国から子牛が集まるようになりました。

ワインで町おこしに成功した、北海道十勝の池田町

しかし、かたやワイン作りを託された鈴木さんは、悪戦苦闘していました。
東京農業科学化研究所での作業は、鍬を使って手作業で行っていました。

鈴木重男さん≫
「手作業でやるわけですね。こんな非現代的な、きわめて遅れた農業で何が研究所だと。『何の役にも立たない』というふうに思ったですよ」

そんな厳しい修行が続いたある日、十勝に研修に行くように言われました。
北海道十勝の池田町は、日本で初めて自治体経営によるワイン醸造を手がけ、町おこしに成功した事で知られていました。
そして、十勝で鈴木さんが見たものは、至る所にワイン関連のものが溢れ、観光客で賑わう活気ある町でした。

5池田町では、役場の職員を海外へ派遣し、ワイン作りの技術を習得させるだけでなく、ブドウの品種改良を何年も積み重ね、ようやく商品化に漕ぎつけていました。

鈴木重男さん≫
「ワインでこんな町づくりができるのかよ、というふうに思いましてね。本気になったんですね、そこから」

《葛巻ワイナリー》が完成!

2年後の1982年、葛巻にもどった鈴木さんは、地元農家の協力を得て、ヤマブドウの栽培を始めました。
しかし、「ワインは町長の道楽で、どうせうまくいくわけないさ」と、役場の中でさえ、鼻で笑う職員が殆どでした。

しかし鈴木さんは「絶対、ワインを成功させてやる」と、諦めることなくすぐさま行動に出たのです。
町民や企業を説得、ワイン工場設立のため、1口5万円で出資者を募りました。

4
そして4年後の1986年、町の一角に小さな工場《葛巻ワイナリー》が完成!
いよいよ、葛巻町初のワインの生産が稼働するのですが、これが「その後の試練の入り口になる」とは、希望に燃える彼は知る由もありませんでした。

8

手作りの牛舎

一方、中村さんが始めた乳牛を預かるビジネスは、順調に顧客を増やし、いつしか肉牛ビジネスとともに、牧場の主力事業になっていました。
しかし、大きな壁が立ち塞がることに。

顧客は順調に増えていったのですが、牛舎が足りなくなってきたのです。
1つの牛舎を造るには、数千万円が必要なのですが、もともと資金繰りが苦しい公社に、そんな余裕はありませんでした。
「雇用を増やして町に人を呼び戻すためには、牛を増やしてビジネスを拡大しなくちゃだめだ」
中村さんは、通り過ぎる選挙カーを見て、あるアイデアを思いつきました。

6牛舎をよく見ると、選挙ポスターを貼る看板が使われています。
中村さんは、廃材や古い電柱などを利用し、すべて手作りで牛舎を作ったのです。
こうして牧場は牛を増やし続け、年間3億6500万円を売り上げるまでに(2000頭以上の乳牛を預かる)。

さらに、これに伴い雇用も生まれ、Uターンしてくる者も現れ始めました。
それだけではなく、町の外から、ここ葛巻で働きたいという若者も現れたのです。

こうして、すべてが順調に進んでいると思われた牧場経営でしたが、この頃、牛肉の輸入が自由化され、肉牛の価格が半分にまで落ち込んでしまったのです。
これにより牧場経営は、一気に赤字に転落してしまいました。

中村哲雄さん≫
「(肉牛を)売るたびに10万円ずつ赤字が出まして、1億円の赤字を作ったんですね。これがやっぱ最大のピンチでしたね」

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新たな事業の開始

この逆境をチャンスに変えたのもまた、中村さんのアイデアでした。
彼は、儲からない肉牛事業を縮小する一方、乳牛の保育ビジネスを拡大、さらに、新たな雇用を生み出すため、全く新しい事業を始めました。

その事業とは《牛乳作り》でした。
実はこれまで、葛巻でも牛乳は製造されていたのですが、その工場の本拠地は関東にありました。
そのため、どれだけ売れても、儲けのほとんどは県外の工場が得ていたのです。

そこで、中村さんは考えました。
「もし葛巻で、牛乳の製造から販売まですべてを行うことができれば、町が潤うはず」と。

とはいえ、素人が簡単に牛乳を作れるはずがありません。
中村さんは、日本各地の牛乳工場を周り、教えを乞い続けました。

《くずまき高原牛乳》が誕生

7そして、5年後の1996年、町と民間会社が共同出資をした牛乳工場が、ついに完成しました。
これにより、牛乳販売による利益を、町が得ることが可能になったのです。

こうして、搾乳から瓶詰めまですべて葛巻で行う《くずまき高原牛乳》が誕生しました。
しかし、品質にこだわったため、値段は普通の牛乳の倍以上になってしまいました。
それでも、有名デパートの商品開発担当者が《くずまき高原牛乳》を気に入り、取り扱いたいと申し出てくれたのです。

こうして、くずまき高原牛乳は、一流デパートの棚に並ぶことになりました。
売り上げは飛躍的に上昇、この新規事業が功を奏し、経営は再び黒字に転換。
さらに、100名を超える雇用を生み出すことに成功したのです。

ワイン事業の立て直し

そんな中村さんの姿を見ていたのは、他でもない鈴木さんでした。
実は鈴木さんは、ワイン工場建設中に異動となり、畜産公社に勤務、中村さんの手腕に大いに刺激を受けていたのです。

しかし、ワイン事業から離れていた間に、ワインの酸味が強すぎ美味しくないという理由で、業績不振から、借金が1億1000万円にまで膨れあがっていたのです。
一刻も早く、赤字を立て直す必要がありました。

ワイン事業を担当する公社に戻った彼がまず始めたのは、徹底した経費節減でした。
清掃業者に掃除を委託するのをやめ、職員たちで清掃を受け持つことにしました。
誰もやりたがらないトイレ掃除は、鈴木さん自ら引き受けることにしたのです。

さらに鈴木さんは、職員たちに世界各国のワインの試飲をさせました。
そもそも葛巻の人々は、ワインをあまり飲みません。
彼らも同様でした。
すると、「ジュースみたいに甘くて美味しい」と白ワインばかり飲んでいる女性職員を見て、あるアイデアを思いつきました。

そして1年後、新しいワインが完成しました。
そのワインは甘みがあり、「美味しい」と職員の間で好評でした。

実は、ブドウは発酵させると、中の糖分がアルコールに変わります。
もともと甘酸っぱいヤマブドウは、とくに酸味が強くなってしまうのです。
そこで鈴木さんは、糖分を補うため、醗酵させていないヤマブドウのジュースを加えました。
こうしてついに、100%ヤマブドウだけで作られた、飲みやすいワインが完成しました。

新しい葛巻ワインを売るために

しかし、新しいワインの営業をいざ始めると、今までの酸っぱくて美味しくないという従来のイメージが浸透していて、なかなか取り扱ってもらえませんでした。

鈴木重男さん≫
「門前払い、続けて3軒もやられたら、意欲がなくなります。これはやっぱりダメだと…」

「悪いイメージを払拭するにはどうすればいいのか? 」と考えた鈴木さんは、あるアイデアを思いつきました。

「ごめんください。葛巻ワインあります?」
「葛巻ワイン、うちは置いてないな」

なんと、客として1軒1軒酒屋を回ったのです。

「新しい葛巻ワイン、飲みやすくて美味しいのに!」
「じゃあ、取り寄せておきますよ」

鈴木重男さん≫
「私は一本だけしか注文しない。卸屋さんは12本、1ケースを納めるんですね、最低。そうすると11本余る訳ですから、酒屋さんも11本は誰かに売ってくれる…」

さらに鈴木さんは、ワインパーティを企画。
会費は3000円で、ワインは飲み放題。
経費を節約するために、料理は女性職員が作ることになりました。
さらに、会場までの送迎はバスを公社で借り、鈴木さんが運転することにしました。

そして、町の人々の家を訪ね、パーティー券を売り歩きました。
「地元でも愛される飲み物にしたい」という鈴木さんの思いとは裏腹に、地元の人のワインへの抵抗は強く、パーティー券は思ったように売れませんでした。

そんなある日、職員たちがトイレ掃除をしていたのです。

「鈴木さんにこんなことさせられませんよ」

鈴木さんの熱心さに、職員たちが変わり始めたのです。

こうして開かれたパーティーは、社員たちの努力が実を結び、回を重ねるごとに参加者も増えていきました。
そしていつしか、120人が定員のホールでは入らなくなっていました。

さらに鈴木さんは、経費を節約して浮いたお金を使い、山梨に研修旅行に行くことにしました。
すると、ワゴン車を借りたり、寺に宿泊するなど、職員たち自らが経費削減のためのアイデアを出し合いました。
そこには、かつてやる気を失っていた職員の姿は、どこにもありませんでした。

そして、ワイン事業はわずか4年で、1億1000万円の赤字を解消。
今では、1億円を超える累積黒字を計上し、町の活性化に貢献しています。
さらに、ワイン工場やブドウの栽培農家など、多くの雇用を創出することに成功し、働く場が増えたことで、町への定住者も増えています。

町長になった2人

一方、中村さんは、酪農関係の事業を成功させたあと、1999年、町長選に立候補し、見事当選しました!
その後、風力発電などクリーンエネルギー事業を推進、更なる町の発展のために尽くしました。

そして中村さんは、町長を2期8年務めたのち、勇退。
その任務を引き継いだのは、他でもない、鈴木さんでした。

葛巻町・鈴木重男町長≫
「誰もが自分の住む町に誇りを持てる『葛巻は良い町だと、みんなで一緒に暮らそうよ、葛巻にいらっしゃい』と誰もが誇りを持って言えるような、そういう町になれば良いなと」

葛巻町 前町長・中村哲雄さん≫
「私は、『鈴木町長がどんな町づくりをしていくのかな』というのを見るのが楽しみという…」

葛巻町・鈴木重男町長≫
「今でも、何かあれば電話してお願いすると、はい分かったってやってくれる…」

Q)葛巻のことは好きですか?

葛巻町・鈴木重男町長≫
「それはもちろん、好きですよ」

葛巻町 前町長・中村哲雄さん≫
「葛巻病だと言われています」

かつて、葛巻町出身であるということを隠していた町民たちもこう言っています。

「私は葛巻出身っていうのを常に言っていますね。今、葛巻は他の町村からも注目されているんで、自分の町を誇りに思うというか…」

「他から来ても自慢できる町。そういった町になりましたね」

「葛巻が宝に見えてきた」

「ないない尽くしの町」と呼ばれた葛巻町、そこには今、誇りを取り戻した人々のたくさんの笑顔があります。

鈴木さんの新たな夢

現在、町長となった鈴木さんは、新たな夢に向け動き出しました。
それは、県外の高校生を対象にした《山村留学》。
酪農に興味がある若者に、牧場での研修などを実施、将来の担い手を育成するのが目的です。
生徒たちは3年間、葛巻町で生活します。

Q)町の印象は?

神奈川県出身 高校1年生・佐藤ゆきなさん≫
「みんな面白いし、明るい人ばっかりです。話したことない人でも『こんにちは』と言ってくれたり、『山村留学の子だよね』と言ってくれたりします」

葛巻町・鈴木重男町長≫
「安心して暮らせる町、そして誇りを持てる町、そうなるようにしていきたい」

[出典:2016年10月27日放送「奇跡体験!アンビリバボー」]

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