★古今亭今輔(五代目)ねぎまの殿様

古今亭今輔 (五代目)

三太夫を連れて向島の雪見にお忍びで出掛けた。本郷三丁目から筑波おろしの北風の中、馬に乗って湯島切り通しを下って上野広小路に出てきた。
ここにはバラック建ての煮売り屋が軒を連ねていた。冬の寒い最中でどの店も、”はま鍋”、”ねぎま”、”深川鍋”などの小鍋仕立ての料理がいい匂いを発していた。
殿様 、その匂いにつられて、下々の料理屋だからと止めるのも聞かず、一軒の煮売り屋に入った。
大神宮様の下に醤油樽を床几がわりに座ったが、何を注文して良いのか分からない。

小僧の早口が殿様には分からず、隣の客が食べているものを見て聞くと”ねぎま”だと言うが、殿様には「にゃ~」としか聞こえなかった。
ねぎまが運ばれ見てみると、マグロ は骨や血合いが混ざってぶつ切りで、ネギも青いところも入った小鍋であった。
三色で三毛猫の様に殿様には見えた。食べるとネギの芯が鉄砲のように口の中で飛んだ。酒を注文すると、並は36文、ダリは40文で、ダリは灘の生一本だからというので、ダリを頼んだ。

向島には行かず、2本呑んで気持ちよく屋敷に戻ってしまった。
その様な食べ物を食べたと分かると問題になるので、ご内聞にと言う事になったが、この味が忘れられなかった。
昼の料理の一品だけは殿様の食べたいものを所望できた。
役目の留太夫が聞きに行くと「にゃ~」だと言う。
聞き返す事も出来ず悩んでいると、三太夫に「ねぎまの事である」と教えられた。

料理番も驚いたが気を遣って、マグロは賽の目に切って蒸かして脂ぬきし、ネギは茹でてしまった。
それで作った”ねぎま”だから美味い訳はなかった。
「灰色のこれは『にゃ~』ではない」の一言で、ブツのマグロとネギの青いところと白いところの入った本格的な三毛の”ねぎま”が出来てきた。満足ついでにダリを所望。
三太夫に聞いて燗を持参。大変ご満足の殿様、

「留太夫、座っていては面白くない。醤油樽をもて」。

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