更新履歴
2015年10月:初投稿
2026年4月13日:團遙香の経歴・結婚・出産情報、團琢磨の歴史的背景、三池炭鉱の世界遺産登録情報などを最新版に更新
家系図がスゴい!團一族のタレント、團遙香に密着
華麗なる一族
毎朝放送されていたZIP!の中に、驚くべき家系の持ち主がいた。女優でタレントの團遙香(だん・はるか)。1993年6月2日生まれ、東京都港区出身。2013年から7年間、日本テレビ『ZIP!』のレポーターを務めた。

この團遙香、実はとんでもない家系の持ち主である。團家の家系図をたどると、日本の近代史を彩る人物が次々と現れる。

セイコーの創業者、三菱財閥、住友財閥、ブリヂストン創業者、さらには鳩山由紀夫元総理まで、團家の家系図にはそうそうたる名前が並ぶ。
祖父は、日本クラシック音楽界の第一人者として知られる作曲家の團伊玖磨。

多数の交響曲に加え、190以上の学校の校歌を作曲。
童謡「ぞうさん」「おつかいありさん」「かたつむり」「やぎさんゆうびん」、ラジオ体操第2の楽曲なども手がけた。2001年に73歳で死去した際にはNHKで速報が流れ、葬儀には当時の小泉純一郎首相が参列した。
父は、日本建築学会賞業績賞を受賞した建築家の團紀彦。

台湾桃園国際空港、COREDO室町、表参道けやきビルなどを設計し、2011年には台湾建築賞も受賞している。
先祖は石像になっている
ZIP!で見せた團遙香の独特な走り方がネット上で話題になったことがある。

團家の次女として生まれた遙香は、姉とは7歳差。家族全員に可愛がられて育った。趣味は一人旅で、番組では福岡県大牟田市を訪問。そこには曾曾祖父の石像が建っていた。

高祖父の團琢磨は、マサチューセッツ工科大学(MIT)で鉱山学を学び、三井三池炭鉱の近代化を推進した実業家である。三池炭鉱を「三井のドル箱」と呼ばれるほどの収益源に育て上げ、三井合名会社理事長として三井財閥の総帥を務めた。日本工業倶楽部の初代理事長、日本経済連盟会(現・日本経済団体連合会の前身)の会長も歴任した人物だ。


1932年、血盟団事件により73歳で暗殺された。歴史の教科書にも登場する人物である。團琢磨が発展させた三池炭鉱の関連施設は、2015年に「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に正式登録されている。2011年の九州新幹線全通に際しては、その功績を称えて新大牟田駅前に銅像が建てられた。
歴史好きの父の影響で歴史に興味を持った團遙香は、佐賀県の吉野ヶ里遺跡を訪れて大興奮する場面も見せていた。
八丈島の別荘
八丈島には、父・團紀彦が設計した別荘がある。タクシーで「團さん家へ」と言えば通じるほど、地元では知られた存在だ。

空から見ると半円型の建物で、大きな石畳の庭が広がる。

テニスコート2面分の広さを持つ庭にはステージが設置されており、コンサートやパーティーが開かれることもある。


父は部下に花火師の免許を取らせ、この庭で打ち上げ花火を楽しむという。

もともとは作曲家の祖父・團伊玖磨の仕事場として父が設計した別荘で、祖父の貴重な遺品が並んでいる。現在は一般公開されており、観光客も訪れる場所となっている。
紫色を愛する祖母

祖母の青木圭子は当時86歳。紫が好きで、髪の色まで紫に染めている。買い物先はサンモトヤマ銀座本店。遙香が選んだものはなかなか認めない。店員が薦めた紫のバッグにも「色がちょっとね」と首を縦に振らず、結局、青いマフラーを購入して帰った。


友人もまた名家の令嬢
Kinoe〜季の恵〜にて友人との食事。同席したのは、愛知県で大きな病院を開業する医師の令嬢と、世界で活躍するファッションデザイナーの令嬢。

結婚の話題になると「お見合いじゃない?」「結局はね」「年上がいい」「15歳くらいいける!」(團)「逆に、結婚してない方がおかしくない?」と盛り上がっていた。
「同じ職に就くな」── 團家の家訓
番組中、團琢磨の石像の前で語られた團家の家訓がある。
「親のコネを使わず、自分で道を切り拓け」
先祖は鉱山、祖父は音楽、父は建築。それぞれの分野でゼロから始めて成功を収めてきた。代々同じ職には就かず、自分の力で大成する。それが團家に受け継がれている教えだという。
番組放送時、遙香は親の援助を受けず、芸能活動で得た収入だけで生活していた。ネックレスは1,200円、イヤリングは2,000円。高価なブランド品はほとんど持っていなかった。
[出典:2015年10月26日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」]
その後の團遙香
番組出演から約10年、團遙香はまさに家訓どおりの道を歩んでいる。
2020年3月、7年間務めた『ZIP!』を卒業。同年にはグラビアに初挑戦し、「グラジャパ!アワード2020」で最優秀新人賞を受賞した。
2021年にはバンタンデザイン研究所でランジェリーデザインを学んだ経験を活かし、リラックスウェアブランド「Minali」を立ち上げ、クリエイティブ・ディレクターに就任。
2023年7月にはファースト写真集『團遥香写真集 DAN』を発売し、Amazonタレント写真集ランキングで1位を記録した。
私生活では2024年1月、プロバスケットボール選手でBリーグ・千葉ジェッツふなばし所属の原修太と結婚。父・團紀彦はかつて「源頼朝みたいな強い男を連れてこい」と語っていたが、実際に原と対面すると態度が一変し、すぐに結婚を承諾したという。同年6月には第1子となる女児が誕生した。
ただし出産は順調ではなかった。分娩直後に羊水塞栓症を発症し、8リットルもの血液を失って緊急搬送された。約2万〜3万分娩に1例という稀な疾患で、母体死亡率が高い危険な状態だったが、迅速な輸血により一命を取り留めた。約2週間の入院を経て退院し、2025年5月に自身の体験を公表している。
2026年にはドン・キホーテのCMに永山瑛太と共演するなど、出産を経ても活動の幅を広げている。タレント、女優、ブランドディレクター。團家の家訓「親のコネを使わず、自分で道を切り拓け」を、團遙香は自らの手で体現し続けている。


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