旦那は弁天山の下の茶店「すずし野」のお花を世話していると、女中が奥様に御注進。奥様が旦那に問い詰めると、お客様のお世話をしている女だが、大阪に帰ってしまうので、「後は星野屋、お前が面倒を見てくれ」と言う事で、面倒を見ている女なのだ。と、しどろもどろで弁解をした。
「良いきっかけなので、ここで別れよう。」と、奥様に口約束した。お花の家に行って、50両の金を出して別れ話を切り出した。
お花は「お金は受け取れないし、他に好きな女が出来たのなら、ハッキリ言えばいいでしょ。水くさいんだから・・・。私は旦那しか居ないんだから、そんな事言われたら死んでしまいます。」
「嬉しいね。死んでくれるか。私は養子で女房には頭が上がらないんだ。その上、星野屋は仕事が上手くいかなくて左前になっている。私も死のうと思っていた。一緒に死のう。八つ(午前2時頃)を合図に 今夜来るから、母親に気ずかれるなよ。」と言い残して帰ってしまった。八つに迎えに来た旦那はお花の手を取って、吾妻橋にやって来た。「人が来た。先に行くぞ。」と、ドブンっと飛び込んでしまった。「気が早いんだから~」。
その時、屋根舟が一艘やって来て、一中節の上辞で「♪さりとは狭いご了見、死んで花が咲くかいな。楽しむも恋、苦しむも恋、恋という字に二つはない」。「そうだよね、死んで花が咲かないよね。旦那~、おっかさんもいるんで、失礼しま~す。」と、こんな失礼な事はない。一時の感情の高ぶりで死ぬと切り出したものの、お花の方は恐くなって家に帰って来て、タバコを一服していると、重吉が尋ねてきた。「星野屋の旦那が来なかったか」と切り出した。「いいえ」と知らん顔を決め込もうとするお花に、「知らないならいいんだよ。ただね、今夜はおかしいんだ。眠れないで、トロトロとしていたら、雨も降っていないのに、あたしの枕元にポタポタと水が滴り落ちる。なんだろうと思って、ふと上を見ると、 旦那が恨めしそうな顔で、あたしに言うには、『お前が世話してくれた女だが、一緒に死ぬと言うから、吾妻橋から身投げしたのに、あの女は帰ってしまった。あんな不実な女だとは知らなかった。これから、毎晩、あの女のところに化けて出て、取り殺してやる』 と言うもんだからね、ちょっと気になって。何も無かったんだな。じゃ、帰るからな」。
「チョット待っておくれよ」。「重さん、本当は、チョットだけ行ったんだよ。どうか、出ない方法はないかね。」
「それだったら、髪の毛を切って、今後雄猫一匹膝に乗せませんって、墓前に供えたら浮かばれるだろう」。余程恐かったのか、お花は裏に入って髪を切って、頭には姉さん被りをして出てきた。「これなら、旦那も浮かばれるだろう」。
そこに死んだはずの旦那が入ってきた。
「あら、旦那!」。
「旦那はな、お前を家に入れたくて、俺のところに相談に来たんだ。一緒に飛び込んでいたら、旦那は泳ぎは名人だし、橋の下には5艘の舟と腕っこきの船頭がいて、水の一滴すら飲ませずに星野屋に入れるとこだったんだ。」、「それならもう一回行きましょう」。「旦那、こういう女なんだ。大事にしている髪の毛を切ったので我慢してください。」、「そんな髪なら、いくらでもあげるよ。それが本物の髪の毛だと思っているのかい。それはカモジだよ」。
「チクショウ!お前はふん縛(じば)られるぞ。その金を使ってみろ。お前は、捕まって、火あぶりになるぞ。それは偽金だ。」
「ちくしょう、どこまで企んでんだ。こんな金返すよ。」
「ははは、本当に返しやがった。偽金なんて話は嘘だよ。これは本物の金だ。偽金だったら旦那が先に捕まってしまう。」
「どこまで企んでんだ。おっかさん!あれは本物だってよ。」
「私もそうだと思って、3枚くすねておいたよ」。
[出典:落語の舞台を歩く]
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