真田十勇士 映画あらすじ 主題歌 キャスト人物相関図 鑑賞ガイド

映画
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映画「真田十勇士」堤幸彦×中村勘九郎

2016年9月22日(木)公開

監督・脚本

監督:堤幸彦
脚本:マキノノゾミ

映画「真田十勇士」特別映像

映画『真田十勇士』予告編(90秒)

映画『真田十勇士』予告編(60秒)

主題歌;松任谷由美「残火」(のこりび)

みどころ

映画「真田十勇士」は、大河ドラマ「真田丸」でも人気を博している真田幸村を、「実は抜けの武将だったら?」という設定にしているユニークな戦国ドラマです。

主人公は、幸村をサポートする真田十勇士の中心的存在である猿飛佐助。

忍者の里から飛び出してドデカいことを成し遂げたいと思っていた佐助は、

幸村を担いで「本物の天下一の英雄に仕立て上げようじゃないか!」と、同じ抜け忍の霧隠才蔵を筆頭に、

一癖も二癖もある十人の男たちを集め、世にいう《真田十勇士》を誕生させるというストーリーです。

政治の世界でも誰かが「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」 と言ったとか言わないとか…。

幸村が主人公ではないところに面白さを感じます。

猿飛佐助を演じるのは、六代目 中村勘九郎さん。

同じく忍者の霧隠才蔵を、松坂桃李さんが演じます。

監督は、映画公開と同時期に上演される舞台版でも演出を担当する堤幸彦さんが務めます。

なかなかの魅力的な作品になりそうで、観るのが楽しみです。

あらすじ

関ヶ原の戦いから14年。
天下統一を目前にした徳川家康と、復権を狙う豊臣家の対立が深まっていた戦国の世で、“天下に並ぶ者なし”の名将として、世間から尊敬を集めていた男、真田幸村(加藤雅也)。

しかし実はこの幸村、その男前な容貌と、偶発的な幸運の連続によって勝ちを拾ってきただけの、気弱な〈腰抜け男〉だったのだ!

実像と虚像の違いに悩んでいた幸村はある時、猿飛佐助(中村勘九郎)と運命的に出会う。
忍者の里から飛び出してドデカいことを成し遂げたいと思っていた佐助は、幸村を担いで「本物の天下一の英雄に仕立て上げようじゃないか!」と、同じ抜け忍の霧隠才蔵(松坂桃李)を筆頭に一癖も二癖もある十人の男たちを集め、世にいう《真田十勇士》を誕生させる!

亡き秀吉の妻・淀殿に呼び寄せられた幸村、そして十勇士たちは、またたく間に徳川との最終決戦の最前線に立つこととなった。
戦国最後にして最大の戦い、徳川対豊臣の〈大坂の陣〉がついに幕を開ける!

ついに明かされる“真田丸の謎”、佐助と才蔵を狙う、くノ一(女忍者)の火垂(大島優子)との“因縁”、淀殿と幸村の禁断の“秘密”、そして勝つ事は不可能とも思える圧倒的に不利な徳川との戦いで、佐助と十勇士が企てた驚愕の“大仕掛け”とは・・・。
徳川軍二十万VS十勇士、時代を変える《大逆転》がいま、始まる!!

[出典:STORY 映画「真田十勇士」公式サイト http://sanada10braves.jp/story/]

 

キャスト・登場人物相関図

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猿飛佐助(さるとび さすけ)…中村勘九郎
真田十勇士でも屈指の実力と人気を持つ忍者。
立川文庫や松本金華堂などによると、鷲尾佐太夫は森武蔵守の家臣であった。小牧・長久手の戦いで森長可が鉄砲により討ち死にすると鷲尾佐太夫は信濃の鳥居峠の麓に住んで郷士となり、姉の小夜と弟の佐助の二人の子をなす。以上が初期設定である。二代目の本名は井辺武助である。戸隠の山の中で猿と遊んでいるところ、摂州花隈の城主戸沢山城守の父の戸澤白雲斎に見出されてその弟子となる。甲賀流の忍者だが、甲賀の里ではなく、戸澤白雲斎とは信濃の鳥居峠の近くの角間渓谷(真田忍者の修行場だったとの伝説がある)で三年間の間、修行をしていた。真田幸村に仕え、真田十勇士の第一として登場。真田幸村に猿飛佐助幸吉(さるとび さすけ ゆきよし)と名付けられる。同じ十勇士で伊賀忍者の霧隠才蔵は、ライバルでもある。大坂夏の陣で徳川方に敗れた後、幸村と共に薩摩に落ちのびたという。

霧隠才蔵(きりがくれ さいぞう)…松坂桃李
猿飛佐助と並び真田十勇士の中でも忍術を得手とする。伊賀忍者の頭領・百地三太夫の弟子とされており、同時代に生きた盗賊・石川五右衛門は兄弟弟子にあたるという。立川文庫の55冊目に『真田三勇士忍術名人 霧隠才蔵』の巻があり、真田十勇士では猿飛佐助に次いで人気があり、前述の「霧隠才蔵」以降でも主役を務めることがある。江戸以前の資料では『真田三代記』に「霧隠鹿右衛門」という忍者が登場する。

根津甚八(ねづ じんぱち)…永山絢斗
真田幸村の家臣の一人。『真田三代記』でも幸村の家臣・根津甚八郎貞盛として登場。大坂夏の陣の最終局面で幸村の影武者となって討死した。同作には根津姓の真田家臣も複数登場している。

由利鎌之助(ゆり かまのすけ)…加藤和樹
真田幸村に仕えた豪傑の一人。彼を主役とした『真田三勇士 由利鎌之助』の巻がある。『真田三代記』でも豪傑・武将として登場。諱を基幸といい、最初は野田菅沼家に仕えていたが、真田軍に敗れて捕虜となった後に真田家へ加わっている。

筧十蔵(かけい じゅうぞう)…高橋光臣
真田幸村の側近の一人。父は真田家の重臣である筧十兵衛。『真田三代記』には登場しないが、父と同名である筧十兵衛は登場する。筧十兵衛虎秀は元は足軽という低い身分だったが、真田幸隆・昌幸に仕えて取り立てられた。そのほか同作では、筧金六郎など筧姓の真田家武将が登場している。

三好青海(みよし せいかい)…駿河太郎
弟の伊三入道と兄弟で真田幸村に仕える僧体の豪傑である。出羽国亀田の領主出身で、遠戚に当たる真田家を頼って仕えたという。『真田三代記』でも亀田の領主と設定されており、兄弟共に非常に高齢。大坂夏の陣で兄弟共に戦没しているとされる。なお『真田三代記』のこの描写には、実在の三好政康についての俗説(大坂夏の陣に高齢ながら豊臣方として参戦し戦没したとする説)や、三好幸信(幸村三男、長じて亀田藩士となる)、三好氏の元家臣で秀吉の恩願に報いるため大坂方として戦った老将和久宗是の履歴も入り混じっていると考えられる。

海野六郎(うんの ろくろう)…村井良大
真田幸村の側近の一人。真田家重臣の家柄で、叔父は真田家の侍大将を務めていた。『真田三代記』には同名の人物こそ登場するが、「真田幸隆の義理の甥」という立場であり、同一人物とは認めがたい。幸村の時代には海野六郎兵衛利一という人物が登場する。

三好伊三(みよし いさ)…荒井敦史
三好清海入道の弟で、やはり幸村に仕える僧体の豪傑。兄と同じく元は出羽国亀田の出身で、兄とともに真田家に仕官した。『真田三代記』でも兄とともにその名が見られ、大坂夏の陣では豊臣方として参戦、戦没したとされる。なお『真田三代記』のこの描写には、実在の三好為三(三好政康の弟。大坂夏の陣に高齢ながら徳川家旗本として参戦)の履歴も入り混じっている。

望月六郎(もちづき ろくろう)…青木健
真田幸村の側近の一人。作品によっては望月主水、望月三郎などとも呼ばれる。『真田三代記』では望月主水が登場。そのほか望月姓の真田家臣が数多く登場する。

真田幸村(さなだ ゆきむら)…加藤雅也
真田信繁(さなだ のぶしげ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。真田昌幸の次男。通称は左衛門佐で、輩行名は源二郎(源次郎)。真田幸村(さなだ ゆきむら)の名で広く知られている。江戸時代初期の大坂の陣で豊臣方の武将として活躍した。特に大坂夏の陣において3,500の兵を率いて徳川家康の本陣まで攻め込んだ勇敢な武者振りの話が、江戸幕府や諸大名家の各史料に記録され、後世、そこから軍記物、講談、草双紙(絵本)などが創作された。さらに明治-大正期に立川文庫の講談文庫本が幅広く読まれると、真田十勇士を従えて宿敵家康に果敢に挑む英雄的武将というイメージで、庶民にも広く知られる存在となった。

真田大助(さなだ だいすけ)…望月歩
真田信繁(幸村)の嫡男、母は竹林院(大谷吉継の娘)。通称は大助で、講談では真田 大助の名で登場する。

徳川家康(とくがわ いえやす)…松平健
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。江戸幕府の初代征夷大将軍。三英傑の一人で海道一の弓取りの異名を持つ。

淀殿(よどどの)…大竹しのぶ
豊臣秀吉の側室。位階は従五位下とされるが、諸説あり。本名は 浅井 茶々(あざい ちゃちゃ)および浅井 菊子(あざい きくこ)。近江国の戦国大名・浅井長政の娘。母は織田信長の妹・市。織田信長の姪にあたる。浅井三姉妹の一人。

火垂(ほたる)…大島優子
佐助と才蔵を狙うくノ一(女忍者)。

[出典:真田十勇士 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%94%B0%E5%8D%81%E5%8B%87%E5%A3%AB]

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