長屋に住む男(東京では八五郎)は、短気で喧嘩っ早く、ある日も妻を殴り、止めに入った母親を蹴飛ばして、その足で隠居のところへ転がり込み、家庭の不満をこぼす。あきれた隠居は、「お前はもっと穏やかな人間にならなければならない。紅羅坊奈丸(べにらぼう なまる。紅羅坊名丸とも表記)という心学(=石門心学)の先生を紹介するから、話を聞いて、心を入れ替えてこい」と言って男を送り出す。
男は、奈丸宅を訪ねる。隠居からの紹介状を読んだ奈丸は、男に「短気は損気」「堪忍のなる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍、するが堪忍。堪忍の袋を常に掛け通し、破れたら縫え、破れたら縫え」などの格言を言って諭すが、男は一向に感じ入るところがない。奈丸は、「では、たとえ話をしましょう。道を歩いていると、どこかの店の丁稚さんなり女中さんなりが打ち水をしていて、あなたの着物の裾に水が掛かった。あなたはどうなさる」「そいつを捕まえて、殴り飛ばす」「大人の男が女子供を殴るのはよくありません」「それなら、店の主人を殴る」
「話を変えましょう。あなたが風の強い日に軒下を歩いていると、屋根瓦が落ち、あなたの頭に当たった。どうなさる」「その家に殴り込む」「そこが空き家なら」「大家の家に殴り込む」「話を変えましょう。あなたが広い野原を歩いていると、にわか雨が降ってくる。傘も雨宿りの場所もなく、全身が濡れる。雨は天が降らせた。天を相手に喧嘩をなさるか」「あきらめるしかないな。天とは喧嘩できない」「心学では、天がもたらした災いを『天災』という。人に水を掛けられても、瓦が屋根から落ちてきても、それらは天がそうさせたのだと思ってあきらめなさい」
納得した男は、心学の格言をもう一度教えてもらい、長屋に帰る。そこで男は、近所の友人の男(東京では熊五郎あるいは吉兵衛など、上方では「松ちゃん」など)が女を連れ込んだところへ、別れた前妻が戻ってきたので、トラブルになっているという話を聞きつける。男は、聞き覚えた格言で友人に説教をしようと、友人宅に向かう。
男は「タヌキはタヌキ」「頭陀袋は破れたら縫え」など、聞き覚えの格言で友人をあきれさせる。男は、友人が感服しているのだと思い「なるほど、お前にはわからないのだろう。では、たとえ話をしてやろう。広い野原を歩いてにわか雨が降ってきた。濡れたって天とは喧嘩できない。前の嫁さんが飛び込んできたのもすべて天のしたこと、天災と思ってあきらめろ」と諭す。すると、友人は、
「テンサイじゃない、うちはセンサイ(=先妻)でもめてるんだ」
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