あらすじ
横町の医者から、祝い事があったからと、赤飯が届けられた。
その礼に行かなければということで、少し人間のネジがゆるみ加減の亭主の甚兵衛に、女房が口上を教える。
「うけたまわれば、お祝い事がありましたそうで、おめでとう存じます。お門多のところを、手前どもまで赤飯をちょうだいしまして、ありがとう存じます。女房からくれぐれもよろしく申しました」
「おまえさんはおめでたいから、決して最後のを忘れるんじゃない。それからあの先生は道具自慢だから、なにか道具の一つも褒めといで」
と注意されて送り出される。
まあ、おなじみの与太郎ほどではないから、「ありがとう存じます」まではなんとか言えたが、肝心の「女房が」以下をきれいに忘れてしまった。
「はて、まだ何かあったみてえだが……」座敷へ上げてもらっても、まだ首をひねっている。
「……えー、先生、なにかほめるような道具はないですか」
「ナニ、道具が見たいか。よしよし、……これはどうだ」
「へえ、こりゃあ、なんです?」
「珍品の熊の皮の巾着だ」
なるほど本物と見えて、黒い皮がびっしりと生えている。
触ってみると、丸い穴が二か所開いている。
鉄砲玉の痕らしい。
甚兵衛、感心して毛をなでまわしている間に、ひょいとその穴に二本の指が入った。
「あっ、先生、女房がよろしく申しました」
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