ぞろぞろは、上方落語の演目の一つ。
東京でも同じ題で演じられる。
信心からくる奇蹟を主題とした、民話の香りがする小品である。
あらすじ
大阪難波にある赤手拭稲荷の門前。閑古鳥が鳴いている茶店で、老人夫婦がこぼしている。
「なあ婆さん。もうアカンで。残ったあるの言うたら、わずかな駄菓子と、壁に吊ったある草鞋一足だけじゃ。誰アれもお参りにこんさかい、二人で首括るしかないンとちゃうかな。」
「お爺さん。そんなこと言うもんやないで、何事も信心やさかい、こなたお稲荷さんにお参りに行きなされ。」
「ほんに、そうやなあ。」
と二人はどん底にありながらも信心だけは忘れなかった。早速、爺さんは稲荷に参詣し心から店が繁盛することを祈った。
帰って間もなく、一人の客が来て
「ごめん。」
「へえ。おこしやす。」
「壁に吊ったある草鞋おくんなはれ。」
「へえ。三文でおます。まいどありがとうさんで。…婆さん。とうとう最後まであった草鞋売れてもたで。もう、店何にもあらへん。…いよいよ終わりかいな。」
と二人が嘆いていると、
「ごめん。」
「あ…おこしやす。」
「草鞋おくれんか。」
「へえ。まことに申し訳ございまへんが、草鞋たった今売り切れてしまいまして。」
「何言うとんねん。壁に吊ったァるやないか。あれ、売らんのか。」
見れば、草鞋がある。
「へ…。あっ、これはとんだことで、三文いただきます。毎度ありがとさんで。…おかしいなあ。さっき売れたはずやのに。」
またまた客が来て草鞋を買う。これはどうしたことかと訝る二人の目の前で、壁に新しい草鞋がぞろぞろと降りてくる。
「ああっ!婆さん見たか。」
「わたいも見ました。」
「ああ~っ!お稲荷さんのご利益やア。」
二人は大喜び、これから吸い寄せられたように次々と客が草鞋を買いに来る。二人は一転して生活が楽になった。
これを見ていた向かいの床屋の親父、ここも同じように閑古鳥が鳴いている。
向かいの様子を羨んで
「もし、何であんたとこは客が来るようになりましてん。」
と尋ねにきた。
「いやあ。それが、お稲荷さんのご利益や。」
と老人夫婦は一部始終を説明した。
「そうか。…やはり信心はするもんやなあ。ようし、わいもお稲荷さんにお願いしよ。」
と親父も爺さんと同じように稲荷に参詣し、
「どうか。正一位稲荷大明神様。わたくしもあの年寄り夫婦と同じご利益が授けられますように。」
と心から祈った。
急ぎ帰ってみれば、店は客であふれかえっている。
「おい!おやっさん。はよしてェな。わたい急いでるねん」
と口々に叫んでいる。(うわァ。お稲荷さんのご利益やがな。)
と内心大喜びの床屋、ではとばかりに客の鬚をすっとそると、髭がぞろぞろ生えてきた。
概略
舞台となる赤手拭稲荷は、大阪市浪速区にある。
由来は、かつてこのあたりは船着き場で、祠のそばの三本の松の木に船頭の垢のついた手拭がかかっており、「垢」のついた手拭が魔除けになると信仰され、同じ発音の「赤」を付けたという。(3代目桂米朝著「米朝はなし 上方落語地図」毎日新聞社 1971年 0076-500722-7904)より)
現在でも赤色の手拭を奉納する。
大阪市営バスにも「赤手拭稲荷前」という停留所がある。
大阪では橘ノ圓都が持ちネタとしていた。、現在では2代目笑福亭松之助が得意としている。
東京では林家彦六が得意とした。現在は7代目立川談志、6代目三遊亭圓窓、春風亭昇太が演じている。
東京では浅草の太郎稲荷が舞台である。
特に圓窓の口演速記が小学校の教材に採用され広く知られている。
*wiki
★平成11年度の小学校4年下(二学期用)
現代では、人の話を聞いてその状況や場面を頭に描くという、コミュニケーションの原点がテレビやゲームの視覚的情報の勢いに押され、崩壊寸前といっても過言ではない。
圓窓は以前からその傾向に心を痛め、「学校教育に落語は必須科目」を高座から訴えてきました。
この度、教育出版がそれを取り上げ、落語を教科書に採用してくれました。小学校では初めてのことであり、圓窓としても夢に描いていたこととはいえ、実現するとは、まさに夢のまた夢の心境です。
落語[ぞろぞろ]から、生徒たちがなにを学んでくれるのか。
[ごん狐]が多くの子供たちに愛されたように、[ぞろぞろ]も末永く愛されたい。
圓窓はこれにまた夢を重ねて、できることなら、小学校の教室に飛び込んで行って、先生と生徒たちと一緒になって落語の授業をしたいという思いに駆られるのです。
とりあえず、現場の先生、生徒、そして父母の意見や感想をメールでいただければ、と考えております。
それはこれからの指針となり、かつ、ホームページが教育の手助けをするという評価に繋がるよう努力いたしますので、どうぞ、よろしく、お願い申します。
三遊亭 圓窓(1999.7.吉日)
★☆★ 教科書の『ぞろぞろ』 ★☆★
○ 茶店のじいさん(70才) 客1(30才)
● 茶店のばあさん(65才) 客2(60才)
□ とこ屋の親方 (35才) 客3(30才)
客4(35才)
昔、江戸(えど)の浅草(あさくさ)の観音様(かんのんさま)のうら田んぼのまん中に、小さな古びたおいなりさんがありました。
そのそばに、これまた、小さなさびれた茶店。おじいさんと、おばあさんの二人が細々とやっているという。
○ 「ばあさん。ちょいと出かけるぜ。」
● 「あらっ。おじいさん。どちらへ?」
○ 「べつに用足しじゃねえ。たいくつだから、ちょいと散歩だ。」
● 「そうですか…、じゃあ、おいなりさんへお参りしたら、どうです?」
○ 「いやだね。あのおいなりさんはご利益(やく)がねえから、お参りする人がねえん
だ。おかげで、この店で休む者だってありゃしねえ。」
● 「あたしは毎朝、お参りをしてますよ。」
○ 「ああ、わかった、わかった。じゃあ、ついでにお参りしてくるから。」
おじいさん、表へ出ました。あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。そろそろ店へ
帰ろうと、近くの橋をわたろうとすると、
○ 「のぼりが落ちてるじゃねえか……。これはおいなりさんののぼりだ。子ども供たち
があそびで持ち出して、そのまんまなんだ。よし、とどけてやろう。」
○ 「{いなりのほこらの前へ来て}おいなりさん。のぼりが落ちておりましたので、お
とどけに参りました。お初(はつ)にお目にかかります。あたしは、この近くの茶店
のあるじでございます。これから、ちょいちょい来ますので。{かしわ手を打つ}」
○ 「{店へもどって}ばあさん。今、帰ったよ!」
● 「ああ、おじいさん。お帰りなさい。お参りしましたか。」
○ 「ああ、したとも。橋のたもとにのぼりが落ちてたもんで、とどけてやった」
● 「まあ、おじいさん。いいことをしましたね。」
○ 「そうかい。ご利益あるかね。」
● 「そりゃ、ありますよ。」
○ 「そいつは、ありがたいな。{外を見て}おや…? 雨がぽつぽつやってきたぞ、ば
あさん。」
● 「さっそくご利益ですよ。お参りしたからこそ、雨はおそくふりだしたんですよ。お
参りしなかったら、早めにふりだしたはずです。」
○ 「そうかい……。つまらねえご利益だな。おい、ばあさん。ぽつぽつどころじゃねえ
ぞ。ぼんをかえしたようなえらいふりになったぞ」
● 「ますますご利益ですよ。お参りしなかったら、おじいさんはずぶぬれで、かぜをひ
いて……、それをこじらして……、あの世に。」
○ 「ばかなことを言うなよ。ああ……。天気だって客は来ねえんだ。雨がふった日にゃ、
もうだめだ。今日はもう店をしめようや。」
客1「{急に、客が入ってきて}ごめんよ。休ましてもらうよ。」
○ 「はい…。{おくへ}ばあさん。閉めることはねえ。客が来たぞ。」
● 「おいなりさんのご利益ですよ。」
○ 「そうか。こいつは、ありがてえ。」
客1「雨がやむまで休ましてもらうぜ。茶を入れておくれ。」
○ 「はい、ただ今。」
客1「この雨にはびっくりしたな。急にきたからな。」
○ 「{お茶を運んできて}おまちどうさま。」
客1「ありがとうよ。{じっくりと飲んで}いい茶だ。{外を見て}おっ、雨はあがったよ
うだな。そろそろ、出かけるか。{おくに向かって}じいさん、いくらだ?」
○ 「ありがとう存じます。六文(ろくもん)、ちょうだいいたします。」
客1「ほいきた。茶代は、ここへ置くぜ。{外へ出ようとして}ああ、雨が上がったのはい
いんだが、道がぬかってるよ。買ったばかりのはき物をよごすのはしゃくにさわるし
な。はだしってえのは、かえってつるつるすべってすってんころり。着物までよごし
ちまうよ。こういうときは、わらじがあるといいんだがな。
{おくへ}じいさん。店にわらじは置いてねえのかい?」
○ 「ありがとうございます。一年前から売れ残ったのが一足、天じょうからぶる下がっ
ておりますんで。八文でございます。あいすいません、引っ張ってくださいまし。す
ぐにぬけるようになっておりますんで。」
客1「{わらじを引っぱって}ほいきた。はきよさそうだな、これは。」
○ 「ありがとうございます。お気をつけなすって。{おくへ}ばあさん。本当に今日は
みょうな日だな。あのぼろぼろのわらじが売れちまったんだから。」
{するとまた、客が来て}
客2「わらじ、あったらもらいてえんだが。」
○ 「わらじですか? あいすいません。今、売り切れてしまいまして。」
客2「弱ったなあ。{天じょうを見て}お? あるじゃないか」
○ 「えっ? あっ! ある……。一足、ぶる下がってる。一引く一は、なしだよ。それ
が、一引く一は、一、ということは……」
客2「なにぶつぶつ言ってんだい。売るのかい、売らないのかい?」
○ 「売ります。売ります。八文です。引っぱってくださいまし。ぬけるようになってま
すので。はい……、ありがとうございます。お気をつけなすって。」
{また、客が来て}
客3「わらじ、ねえかな!」
○ 「また、わらじですか……? もう、本当にありませんでっ」
客3「ねえのかい……。{天じょうを見て}何を言ってるんだ。あるじゃねえか」
○ 「は? ありますね……。気味が悪い……」
客3「いくらだい?」
○ 「八文でございます。引っぱってくださいまし。{おくへ}ばあさん。お前も見てろ。
ちゃんと、見てるんだぞ。客が八文を置いて……、わらじを引っぱって……、足ごし
らいをして……、出てったな……。な、もう、わらじはねえはずだろう、なっ。{天じ
ょうを見て}あっ!」
おどろくのは当然で、天じょううらから新しいわらじがぞろぞろ!
○ 「ばあさん……。見たか…。見たかっ。」
● 「見ました。おいなりさんのご利益ですよ。」
この「ぞろぞろわらじ」のひょうばんが、あっというまに、近郷近在(きんごうき
んざい)に知れわたりました。明くる日、店の戸を開けると、子どもからお年よりま
でが八文をにぎって、「ぞろぞろわらじ、おくれ!」ってんで、ずらあっという行列。
この行列が浅草から大阪まで……。まさかそれほどでもありませんが。
さて、この茶店の前に一けんのとこ屋がありました。ここの親方、毎日毎日、自分
のひげばかりぬいて、同じことばかり考えている。
□ 「この店も、客が来なくなったなあ……。{前の茶店を見ながら}それに引きかえ、
なんだい、あの茶店の人だかりは。今まで、こんなことはなかったぜ。どういうこと
だかきいてみよう」
親方は、じいさん、ばあさんから、「ぞろぞろわらじ」のことを聞かされて、おいな
りさんへすっ飛んできました。
□ 「{ポンポンとかしわ手を打って}おいなりさん、おいなりさん。初めまして。あっ
しは茶店の前のとこ屋でござんす。このところ、まるっきり客が来ませんで、こまっ
ております。店にあるだけのぜにを持ってきまして、さいせん箱に入れました。どう
か、とこ屋も茶店のわらじ同様、ぞろぞろはんじょういたしますように!{ポンポン
とかしわ手}」
親方、自分の店にもどってみると、
客4「親方、どこへ行ってたんだい!」
□ 「は…? {辺りを見回して}ここはおれの店だよなあ……。{客に向かって}失礼
ですが、あなた様はどちら様で……?」
客4「よせやい。おれは客だよ。」
□ 「客……? ああ……、おなつかしい……。{思わずだきつく}」
客4「おいおい、だきつくなよ」
□ 「ありがてえ! ご利益はてきめんだ。この客の頭が仕上がって帰ると、あとから新
しい客がぞろぞろっ。帰ると、ぞろぞろっ。ぞろぞろっ。」
客4「なに泣きながら、ぞろぞろ言ってんだよ。」
□ 「ついうれしいもんで泣いてしまいました。もっといをはじきますんで。」
客4「おっと、頭はいいんだ。おれはひげだけやってもらいてえんだが。」
□ 「かしこまりましたっ」
親方が、うでによりをかけて、客の顔をつうっとあたると、なんと、あとから、新
しい髭が、ゾロゾロ!
※出典:圓窓落語 大百科事典
http://ensou-dakudaku.net/
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