★金原亭馬生(十代目)あくび指南

金原亭馬生(十代目)

町内の、もと医者が住んでいた空家に、最近変わった看板がかけられた。墨黒々と「あくび指南所」。
常盤津や長唄、茶の湯の稽古所は聞いたことがあるが、あくびの稽古てのは聞いたことがねえ、金を取って教えるからにゃあ、どこか違っているにちがいないから、ちょいと入ってみようじゃねえかと、好奇心旺盛な男、渋る友達を無理やり引っ張って、「へい、ごめんなさいまし」。応対に出てきたのが品の良さそうな老人。

夫婦二人暮らしで、取り次ぎの者もいないらしい。お茶を出され、「こりゃまた、けっこうな粗茶で……すると、こちらが愚妻さんで」と間抜けなことを口走ったりした後、相棒が、馬鹿馬鹿しいから俺は嫌だというので、熊一人で稽古ということになる。

師匠の言うことには、普段あなた方がやっているあくびは、あれは「駄あくび」といって、一文の値打ちもない。
あくびという人さまに失礼なものを、風流な芸事にするところに趣がある、との講釈。すっかり関心していると、
「それではまず季節柄、夏のあくびを。夏はまず、日も長く、退屈もしますので、船中のあくびですかな。……その心持ちは、八つ下がり大川あたりで、客が一人。船頭がぼんやり煙草をこう、吸っている。体をこうゆすって……船がこう揺れている気分を出します。『おい、船頭さん、船を上手へやってくんな。……日が暮れたら、堀からあがって吉原でも行って、粋な遊びの一つもしよう。船もいいが、一日乗ってると、退屈で、退屈で……あーあ、ならねえ』とな」

「へえ。……えー、吉原へ……こないだ行ったら勘定が足りなくなって」

「そんなことはどうでもよろしい」「船もいいが、一日乗っていると、退屈で退屈で……ハークショイッ」。

これをえんえんと聞かされている相棒、あまりのあほらしさに、
「あきれけえったもんだ。教わる奴も奴だが、教える方もいい年しやがって。さんざ待たされているこちとらの方が、退屈で退屈で、あーあ……ならねえ」

「ほら、お連れさんの方がお上手だ」

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