★三遊亭圓楽(五代目)阿武松(おうのまつ)#102

三遊亭圓楽(五代目)

あらすじ

京橋観世新道に住む武隈文右衛門という幕内関取の所に、名主の紹介状を持って入門してきた若者がある。
能登国鳳至(ふげし)郡鵜川村字七海の在で、百姓仁兵衛のせがれ長吉、年は二十五。

なかなか骨格がいいので、小車というしこ名を与えたが、この男、酒も博打も女もやらない堅物なのはいいが、人間離れした大食い。
朝、赤ん坊の頭ほどの握り飯を十七、八個ペロリとやった後、それから本番。

おかみさんが三十八杯まで勘定したが、あとはなにがなんだかわからなくなり、寒けがしてやめたほど。
こんなやつを飼っていた日には食いつぶされてしまうから追い出してくれと、おかみさんに迫られ、武隈も「わりゃあ相撲取りにはなれねえから、あきらめて国に帰れ」と、一分やって追い出してしまった。

小車、とぼとぼ板橋の先の戸田川の堤までやってくると、面目なくて郷里には帰れないから、この一分で好きな飯を思い切り食った後、明日身を投げて死のうと心決める。
それから板橋平尾宿の橘家善兵衛という旅籠に泊まり、一期の思い出に食うわ食うわ。
おひつを三度取り換え、六升飯を食ってもまだ終わらない。
面白い客だというので主人の善兵衛が応対し、事情を聞いてみるとこれこれこういうわけと知れる。
善兵衛は同情し、家は自作農も営んでいるので、どんな不作な年でも二百俵からの米は入るから、おまえさんにこれから月に五斗俵二俵仕送りすると約束、ひいきの根津七軒町、錣山(しころやま)喜平次という関取に紹介する。

小車を一目見るなり惚れ込んでうなるばかりの綴山、武隈関は考え違いをしている、相撲取りが飯を食わないではどうにもならない、一日一俵ずつでも食わせると、善兵衛の仕送りを断り、改めて、自分の前相撲時代の小緑というしこ名を与えた。
奮起した小緑、百日たたないうちに番付を六十枚以上飛び越すスピード出世。

文政五年蔵前八幡の大相撲で小柳長吉と改め入幕を果たし、その四日目、おマンマの仇、武隈と顔が合う。
その相撲が長州公の目にとまって召し抱えとなり、のち、第六代横綱・阿武松緑之助と出世を遂げるという一席。

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