★桂ざこば(二代目)しの字丁稚(しのじでっち)

桂ざこば(二代目)


桂ざこば しの字丁稚(しの字嫌い)

しの字丁稚(しのじでっち)は古典落語の演目の一つ。江戸落語ではしの字嫌い(しのじぎらい)

上方の『正月丁稚』(東京では『かつぎや』)の前半部分が独立したもの。

原話は、明和5年(1768年)に出版された笑話本『絵本軽口福笑ひ』にある無題の小咄。

プロフィール

2代目 桂ざこば(にだいめ かつら ざこば、1947年9月21日 – )は、上方の落語家、タレント。本名、関口 弘(せきぐち ひろむ)。
大阪府大阪市西成区出身。米朝事務所所属。上方落語協会会員(代表理事)。
前名は桂 朝丸(かつら ちょうまる)。出囃子は「御船」(ぎょせん)。愛称は「ざこびっち」。

桂雀々とは夫人同士が姉妹であるため義兄弟の間柄。甥(ざこばの妻の弟の子)にJAY’ED。
小学校2年生の時、両親が離婚し警察官だった父親に引き取られたが、3か月ほど経って父親は電車に飛び込み自殺した。

1963年(昭和38年)、日本橋中学校在学中から学校をさぼり千日劇場などの劇場通いに没頭。

その時にたまたま見た3代目桂米朝の芸に一目惚れし、在学中から何度も弟子入り志願したが「この時代高校だけは卒業したほうがええ」と言われ断られ続けた。

卒業後の5月に桂米朝に入門が許される。
本人の述懐では、米朝の謝絶に遭った後に中学の教師に進学の相談をすると「お前が入れる高校はないぞ」と言われ、米朝にその旨報告し、「なら、しゃーないな」(それなら仕方ない)と入門を許されたという。

また就職も勧められ1か月ほど働いていた経験もある。
師匠の米朝は同時に育ての親にもなり、家族同然の内弟子生活を過ごした。

このころ、4代目桂文紅の自宅に居候していた時期、また米朝が永六輔に依頼して東京で活動していた時期もある。

朝丸時代(千土地興行、大宝芸能所属)千日劇場やトップホットシアターに出演。
千日劇場では師匠米朝が司会する「お笑いとんち袋」(関西テレビの大喜利番組)のレギュラーとなり、トップホットシアターでは自作の「動物いじめ」で売り同劇場の看板芸人となった。

「動物いじめ」ネタはレコード化もされたが、ネタの内容に動物愛護団体からクレームが付いた。
スポット的ではあるが、テレビ番組の収録で吉本興業の花月劇場チェーンや、松竹の角座の舞台にも立った。

全国的には「ウィークエンダー」での「テレビ三面記事」のレポーターとしての出演がある。

後は東京で活動するようになったが低迷し、大阪に拠点を戻す。
2006年(平成18年)以降、大阪のテレビ、ラジオを含めて9本のレギュラー番組を持つ。
60歳を過ぎ落語会を開催したいとしている。

ただ、最近は軟化し、レギュラー番組の出演は10月の改編期を過ぎても降板せずに引き続き続投したり、「65歳までは頑張る」と軌道修正ともとれる発言もしている。
噺のスタイルは「朴訥」。

大阪市内に寄席「動楽亭」を開いている。

米朝一門の中では桂枝雀死後、実質的に弟子筆頭として、桂南光とともに米朝の存命中は補佐する形で一門の運営を主導しており、米朝没後もその地位は変わっていない(ざこばの兄弟子月亭可朝は他の一門のメンバーと別の事務所に所属していることもあり、米朝一門の運営に直接関わっていない)。

ざこばと南光は米朝一門の大半が所属する米朝事務所の常務取締役でもある。

芸歴
1963年(昭和38年)5月 桂米朝に入門し3か月後京都の留置所で「子ほめ」で初舞台。

1966年(昭和41年)初の独演会「朝丸自身の会」開催1985年(昭和60年)「上方お笑い大賞」金賞受賞1988年(昭和63年)2代目「桂ざこば」を襲名(襲名の際は初代の墓に参り法要をしている)1992年(平成4年)「上方お笑い大賞」大賞受賞1994年(平成6年)上方落語協会を脱退会長選出方法などをめぐって当時の執行部(特に露の五郎)と対立した桂枝雀一門が脱退し、その脱退問題を話し合う場で、理事の1人が会費滞納を理由に枝雀一門を非難した。

その非難に「枝雀兄ちゃんを悪くいうんか」と怒ったざこばが一門を率いて脱退した。
2004年(平成16年)6月21日 上方落語協会に復帰2007年(平成19年)7月7日 噺家生活45周年・還暦記念公演「桂ざこばの会」を京都の南座で開催2008年12月 西成区山王のマンション2階に寄席小屋「動楽亭」を開設2011年 大阪市民表彰受賞。
2012年 噺家生活50周年

得意とするネタ
子は鎹、らくだ、お玉牛、崇徳院、一文笛、肝潰し、厩火事、遊山船、強情、天災、坊主茶屋、不精の代参 など

人物好きな人物への思いやりが強く、2004年の自身の弟子である桂喜丸の告別式やお別れの会などでの泣き様は尋常ではなかった。
2016年1月に死去した桂春團治の「お別れの会」でも泣き崩れる姿が報じられている。

一時確執のあったやしきたかじんについても同様であった。
裁判員制度には否定的なスタンスであり、「たかじんのそこまで言って委員会」などで制度を強く批判している。

趣味はギャンブル(カジノ)でよく海外に訪れる。
またオーストラリアに訪れた際は現地で競走馬をセリで落とし「チョウマル」と名付けデビューも果たしている。

トイプードルを2匹飼っている。
桂吉朝がざこばに電話をした際、落語家の物真似が得意な吉朝は、いたずら心を出して桂春團治の声色を使った。

ざこばはすっかり春團治からの電話だと信じ込み、吉朝の物真似だと知るや「洒落んならん」と激怒した。
もっともざこばは、桂米二に同じ手を自らも試みた。

[出典:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E3%81%96%E3%81%93%E3%81%B0_(2%E4%BB%A3%E7%9B%AE)]

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