田中将大 日本最後の15球!初告白!奇跡の連投の新事実
2013年の日本シリーズでは、野球の神様が降りた伝説の名場面が。
田中将大、日本最後の15球。
前日に160球を投げた男が、まさかの連投。
そして、東北楽天が初の日本一に!
あの奇跡の連投劇が生まれた舞台裏……。
アメリカへ渡ったエースが、意外な事実を明かした。
スタッフ「志願したと?」
田中「それは違うんですよね。『投げさせてください』それは言ってないですね」
本人の志願と伝えられていた、奇跡の連投の新事実!!
ならば何故、田中はマウンドに立ったのか?
星野「いろんな短い時間にドラマがあった……。僕の気持ちの中では、頭の中では……」
あの日、田中の登板を決断した男、闘将・星野仙一が流した涙のワケとは?
被災した東北を勇気づけたい
2011年春、星野新監督のもと、新たなスタートを切った東北楽天イーグルス。
だが、そんなチームを大きな試練が待ち受けていた。
「東日本大震災」
当時、選手会長としてチームをまとめていた嶋≫
「最初は、正直、野球をやっていて良いのかな…。野球にしっかり向き合っていない自分もいたんですけども」
当時、楽天監督・星野仙一≫
「選手はまったく(野球を)やる気ない、野球をやるような気になれないと…。わかるんだけど、『ふざけんじゃねえ、てめえら!我々の仕事は何なんだ。プロ野球だろ。東北を救うのは俺たちだろ!』」
楽天の本拠地・Kスタ宮城も被害を受け、1ヶ月遅れの開幕戦を迎えた。
嶋「東北のみなさん、絶対に乗り越えましょう、この時を。絶対に見せましょう、東北の底力を」
楽天ナインはシーズン中、支援活動のため、被災地へ足を運んだ。
「束の間でも、笑顔を取り戻してほしい」
「少しでも復興の力になりたい」
一方で、チームの成績は伸びず、2011年は5位、2012年は4位と、2年連続Bクラスに低迷した。
星野≫
「十分に楽天の選手の優しさというのは、被災者に伝わったと。でも、優しさだけじゃ絶対にダメだぞ男は。優しさプラス強さというものを見せつけようじゃないかと」
チームを、東北を、初の日本一へ!
そして震災から2年の2013年シーズン。
楽天ナインは強さを見せつけた。
エース・田中将大が、シーズン負けなしの24連勝。
一度も負けない神がかり的な投球で、チームを牽引。
迎えた9月26日、ついに楽天は、パ・リーグ初優勝を成し遂げた。
球団創設9年目のことだった。
被災地に届いた明るい話題、「自分たちの野球で東北を笑顔にしたい」、楽天ナインの願いが実を結んだ瞬間だった。
しかし、真の悲願はその先にある。
チームを、東北を、初の日本一へ!
そして迎えた10月26日、日本シリーズ開幕。
相手は、圧倒的な強さでセ・リーグを制し、日本シリーズ連覇を狙う王者・巨人。
第1戦は、2対0で、王者の強さを見せつけられての完封負け。
翌日、迎えた第2戦。
楽天のマウンドに上がったのは、シーズン無敗のエース・田中将大。
田中は、ペナントレースの勢いそのままに、巨人の強力打線を次々とねじ伏せていく。
実況「12個目の三振で締めた、田中将大127球完投勝利!田中はやはり負けませんでした!」
9回1失点の完投で、日本シリーズ初勝利をもたらした。
巨人圧倒的優位という予想を覆し、第3戦、第5戦も勝利。
3勝2敗とし、悲願の日本一に王手をかけた。
160球を投げた田中
そして、本拠地・仙台で迎えた11月2日の第6戦。
先発は、負けない男・田中将大。
「今日で日本一が決まる」
誰もがそう信じて疑わなかった。
さらに田中は、翌年のメジャー行きが確定と報道され、これが日本での最後の雄姿になると思われていた。
この日も、4回表まで2安打無失点。
期待通りの好投を見せた。
味方打線も、巨人の先発・菅野を早々と攻略。
2回に2点を先制し、試合を優位に進めていく。
だが、迎えた5回表、6番坂本の2塁打のあと、1アウトとなり、バッターは8番ロペス。
ここでホームランを打たれ、2対2の同点に。
さらに、ヒットとファーボールで、2アウト1、3塁とされ、迎えるバッターは3番高橋由伸。
センター前にヒットを打たれ、3対2と逆転されてしまった。
さらに続く6回にも連打を浴び、1点を失う。
7回を終わって、被安打10。
田中にとって、この年、最多となる4失点。
球数は120球に達していた。
星野≫
「『もう今日負けだから、120球超えたから、もう代わろう』”いや、最後まで行かせて下さい”って。そのときに、ふっと考えたんです。あ、そうか、こいつ日本での最後のピッチングだなあと。じゃあ、最後まで、日本のファンに見せてやれと」
田中はその後も、マウンドに立ち続けた。
そして9回表、最後のバッター、高橋由伸に投じた一球は、152km、渾身のストレート!
その裏、楽天は追いつけず、試合はそのまま終了、3勝3敗で第7戦へ。
田中にとって、この年初めての敗北だった。
「これが日本での最後のマウンド」
そう感じさせる気迫の投球は、プロ入り後最多となる、160球に達した。
星野≫
「160球投げて、それで完璧に負けですよ。ショックですよ僕は。僕以上に選手はショック、ファンはショック。みんながうつむいているんですよね、田中をはじめ、コーチ陣もスタッフも。田中で勝てると思っていた雰囲気が、ガシャーと潰されたわけですから」
そんな失意の敗戦から一夜明けた、11月3日第7戦。
試合前のグラウンドに、驚くべき光景が!
前日160球を投げた田中が、練習に参加、それは、ベンチ入りの決定を意味していた。
前日に完投したピッチャーのベンチ入りは、通常ありえないのだが、一体なぜ!?
星野≫
「『160球も投げてな、次の日ベンチに入りたい?バカなこと言うんじゃねえよ!この野郎』」
田中が志願のベンチ入り、当時はそう伝えられていた。
しかし…
スタッフ「志願したというのは?」
田中「それは違うんですよね。もちろん、『投げさせてください』、それは言ってないですね」
食い違う2人の言葉。
異例のベンチ入りの舞台裏で、一体なにが?
星野≫
「僕は(田中を)使うつもりはなかったんです」
ベンチ入りの舞台裏
実は、このベンチ入りについて、田中と星野は、直接会話をしていない。
2人の間に立っていたのは、森山良二楽天一軍投手コーチだった。
森山≫
「トレーニングルームに行くと、田中が肩のチェックをしてたんですね。チェックしてるトレーニングコーチが”(田中の)肩の状態が良い”と言うわけですよ」
田中の肩の状態をチェックしていたのが、星洋介楽天トレーニングコーチ。
彼は森山コーチに、「1イニングなら投げられる状態」だと伝えた。
森山≫
「で、田中に『お前はどうなんだ?』と言ったら”多分行けると思います”と言うんです。で、監督に『田中が”行ける”と言ってますけど、どうします?』」
そして、森山コーチから「田中が行けます」と伝えられた監督・星野は…。
星野
「そうかと。『わかった。じゃあ(ベンチに)入れてやれ』って言って、田中将大を(ベンチ)登録したんですよ」
つまり、「田中が行けます」と言うコーチの言葉を、星野は「田中が投げたがっている」と受取り、ベンチ入りを認めたのだ。
決して、自ら志願してベンチ入りしたわけではなかった田中。
だが、心の中では…。
田中≫
「まあ、気持ちは自分の中でスイッチを切らずにと言うか、”絶対 明日も行くんや”という気持ちで。でも、妻は僕の体のことを一番心配してくれているので、”絶対投げないでよ。明日はないでしょ”って。『さあ、どうかなあ~』って」
こうして、最終戦の幕は上がった。
「僕は(田中を)使うつもりはなかったです」
球場にファンが入りきらず、急遽、隣りの陸上競技場でパブリックビューイングが行われた。
実況「昨日は、まさかあの田中将大が負けた、という一夜になりました。楽天はその田中、昨日160球投げましたがベンチ入りです。田中将大は、星野監督はさすがにベンチに入れるつもりはなかったそうなんですが、『入れてください』と(田中が)志願したと」
当時、放送席にも、田中が志願のベンチ入りと伝わっていた。
そして、午後6時35分、試合開始。
楽天の先発は、第3戦、巨人打線を無失点に抑え、勝利投手となった美馬。
いきなり、先頭打者の長野にデッドボール。
送りバントで1アウト2塁となり、打席には3番高橋由伸。
名手・松井のエラーで、初回から満塁のピンチ。
次の打者を外野フライに打ち取り、なんとか初回のピンチを切り抜けた。
巨人の先発は杉内。
1回裏の楽天の攻撃は、あっけなく2アウト。
しかし、そこから試合は動く。
3番銀次にデッドボール。
続く4番のジョーンズは、左中間に2塁打を放ち、先制のチャンスを迎え、バッターは5番マギー。
ショートがはじいて、楽天が1点先制。
続く2回裏の攻撃でも、ランナーを2塁に置いて、1番岡島が左中間への2ベースヒットを放ち2対0に。
さらに4回裏、ケガでシーズン終盤まで2軍で調整、苦しんでいた9番牧田が、値千金のホームランで3対0とリードを広げた。
このとき、田中は…。
田中≫
「まだ裏のクラブハウスにいました。確実に投げるなんていう風には、もちろん思ってなかったですし。ベンチ入りはさせてもらいましたけど…」
一方、指揮官は…。
星野≫
「僕は(田中を)使うつもりはなかったです」
田中を投げさせる気はなかったと言う。
そして、楽天の先発・美馬は、2回以降立ち直り、巨人打線を封じ込めていた。
6回を終え、1安打無失点と完璧なピッチング。
ところがここで、好調美馬をベンチに下げる。
そして、第1戦の先発以降、抑えのエースに回っていた新人の則本がマウンドへ。
すると、ルーキーはこの大一番で、堂々たるピッチングを見せる。
星野≫
「よし、やっぱり間違いじゃなかった。(則本は)もう1回もう2回、最後まで行ってくれる…」
この時点で星野は、最後まで則本で行けると確信していた。
だが、そのとき視界に飛び込んできたのは…。
実況「田中がベンチにいます。昨日160球…」
田中がベンチに現れたのだ。
だれもが、田中に締めてほしいと願っていた
田中≫
「第7戦の雰囲気どんなものかっていうのは、フィールドに出ないとわかんないですから、テレビいくら観てても…。ベンチでフィールドがどういう雰囲気なのか見ておこうと思って…」
このとき、田中に対して星野は…。
星野≫
「田中がこの辺をうろうろうろうろ、行ったり来たりしているんですよね。お前(登板は)無いんだから、向こう行って座って応援しとけ!って。そしたらピッチングコーチが、”監督、アレ投げたいんですよ”。『だめ!』」
前日、160球も投げた田中を、使うわけにはいかない。
だが、7回裏、楽天の攻撃中に、ふとベンチ内にあるモニターを見た星野は、思わず目を疑った。
星野≫
「ふっとモニターを見たら、田中が投げてるんですよ。あららら…」
実況「田中がブルペンに入りました」
解説・古田「投げるんですかね?」
星野は田中の状態を確認。
森山≫
「ボールが抜けてるし(本来の調子の)7~8割あるかないか。でも、『田中は行く気満々なんで』と伝えました。(田中の)熱い気持ちは感じていたし…」
このとき、森山コーチは異例の行動をとっていた。
森山≫
「普通は(ブルペンの)電話でベンチの佐藤投手コーチとやりとりするんですが、そのときは直接ベンチに行きました。監督に直訴するのは(過去の)試合中にはありませんでした」
初めてという監督への直訴、そこにあった思いとは?
森山≫
「僕は(田中が)行くべきだろうと思っていたので。あの年は田中の年だったと思うんです。次の年にアメリカ(メジャー)に行くだろうと、みんなはわかっていたので。みんなは、最後はやっぱり田中に行って欲しいという気持ちはあったと思います」
この1年間、一度も負けることなく、チームを初のリーグ優勝に導いたエース。
翌年のメジャー行きが確定的と言われていた田中にとって、これが日本での最後の試合になる。
だれもが、田中に締めてほしいと願っていた。
審判までもが驚いた、投手交代
8回表、星野が最後までマウンドを託すと決めていた則本が、巨人打線を完璧に抑え込む。
しかし、その裏で指揮官の心は、大きく揺らいでいた。
星野≫
「8回ピターっでしょ、則本が。そこで考えましたね、楽天のことを。初優勝の西武ドームでも田中が胴上げ投手になった。クライマックス(シリーズ)でも、胴上げ投手になった。日本シリーズでも、やっぱり楽天のページは田中で締めくくってやらなきゃいけないのかなと。その短い時間に、ものすごく楽天の歴史というものをうわーっと考えたんですわ」
そして、8回裏、星野がついに決断を下す。
打席を終えたキャッチャー嶋がベンチに戻ると、なにかをささやいた。
嶋≫
「三振して帰ってきて、”9回 田中で行くぞ”と言われたと思います。田中で行くべきだって、僕も思ってたんで…」
実況「今、嶋が行きましたね、ブルペンに」
解説・古田「これは間違いないですね」
解説・工藤「投げられるんですね」
解説・古田「日本シリーズの大詰めで、ブルペンが一番気になるって、中々ないですよね」
8回裏が終わって、星野は審判に近付いていった。
星野≫
「これ面白いんだな。審判が”代えるんですか?”。『代えようが代えまいが良いじゃないか』”誰ですか、誰ですか、いないでしょう”と。『いない?田中だよ!』”えーっ!?”いう感じですよ」
審判までもが驚いた、投手交代。
力強く、田中と叫んだ。
実況「田中です。田中将大です。160球の力投から一夜。日本一のかかる最後のマウンド。ファンのみんなが待っています」
ついにエースが、マウンドへ向かった。
実況「田中将大が、伝説になろうとしています」
解説・古田「いやこれは、伝説になりますよ。今年一年で一回も負けないっていう伝説は作ってるんですけどね」
球場を包み込む、「あとひとつ」の大合唱。
それは、星野にとっても生涯忘れえぬ、特別な光景だった。
星野≫
「あとひとつで夢が叶う?あれ聞くとじわーっと、涙が出てきちゃって。俺、ゲーム終わってないのに涙が出てきてね、このやろ~…。ぐーっと込み上げてくるわけです。」
田中≫
「あの歓声ってのは、やっぱり嬉しかったですし、マウンドに上がるにあたって、僕の力になりましたね。野球選手ってそう、軽く答えがちな部分もあるじゃないですか。ファンの方の声援が力になりましたとか。ウソじゃないんですけど、結構そういうコメントって聞くじゃないですか。でも、本当にあれは力になりました。あの声援が後押ししてくれたっていう…」
勝利まで、あとひとつ
星野監督、楽天ナイン、そしてファンの思いが一つに重なりあい、導かれるかのように、マウンドに上がった田中将大。
すべての思いを、ボールに込める。
最初に迎えるのは、前日の対戦でヒットを打たれている5番村田。
その2球目は、150km近いストレートだった。
解説・古田「(149kmを見て)すごいな。なんで出るかな。歴史を変えてますからね、今」
実況「160球、昨日投げたピッチャーです」
解説・古田「150kmコントロールできるなんて、ちょっと信じられないですね」
村田には、150kmをセンター前に弾き返され、ノーアウト1塁。
続くは、前日3安打を浴びた6番坂本。
得意の落ちる球、スプリットで空振りを奪う。
2球目もスプリットでファール、ツーストライクに追い込む。
田中コールが球場を包むなか、3球目もスプリットで空振り三振。
歓喜の瞬間まで、あとアウト2つ。
7番ボウカー。
前日、160球を投じた疲れからか、149kmの球が抜けて高めに浮いてしまう。
それでも、必死にボールをコントロールし、スプリットでストライクをとる。
次の150kmは大きく外れてしまい、ツーボール、ワンストライクに。
最後はスプリットで打者を仕留め、これで2アウトランナー2塁。
実況「日本一まであと一人」
勝利まで、あとひとつ。
8番ロペスは、昨日ホームランを打たれたバッター。
初球の148kmをライト前にヒット、ランナーは3塁にストップ。
実況「ツーアウト3塁、1塁。塁上ロペスが手を叩いた」
一発が出れば同点のピンチ、打席には、代打の切り札・矢野。
田中を後押しする声がこだまする中、バッテリーは”ある球”に勝負をかける。
だから最後は、田中で勝ちたい
初球は、落ちる球・スプリットが外れてボールに。
続く2球目もスプリットで、空振りに。
実は、このときベンチの星野は…。
星野≫
「矢野でしょ!?まっすぐを、たまにガーンと行くときあるんですよ。嶋に『嶋!嶋!落とせ!落とせ!』って…。『落とせ、落とせ』って、矢野にも聞こえてますよ」
嶋≫
「確か、言われていたような気がします、はい」
田中の決め球、スプリットを続け、勝負に出た。
3球目もスプリットだったが、矢野はファールでしのいだ。
実況「みんなが見ています。星野監督、悲願の日本一なるか。ツーストライクワンボール、田中将大追い込んだ。4球目!」
そして、決め球で投じた落ちる球・スプリットは…。
実況「空振り三振!東北楽天ゴールデンイーグルス、球団創設9年目、初めての日本一!」
午後9時50分、伝説は生まれた。
実況「最後を締めたのは、やはり田中将大。球史に残る一瞬です!」
星野≫
「なんでこんな奇跡が起きたんだろう。チームに良い意味で憑りついたような力が備わった感じがしましたね。ああ、これはやっぱりこの、被災者、東北のエネルギーが、全部イーグルスに覆いかぶさって、エネルギーになってくれたんだなあと」
未曽有の大震災から2年後に、楽天が見せつけた東北の底力。
その象徴は、勝ち続ける田中だった。
だから最後は、田中で勝ちたい。
その思いが、あの奇跡を生んだのかも知れない。
田中≫
「プレーヤーとして、そう思ってもらえるのはありがたいと思うし、自分もそういう選手でありたいと思ってはいたので、というか、今でもそれは思っています」
あのとき、確かに球場には、野球の神様がいた。
(了)
[出典:2016年8月27日放送「神様に選ばれた試合」]
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