あらすじ
第二次大戦中。のちに春風亭柳昇となる秋本安雄青年が噺の主人公である。
陸軍に招集され歩兵第101連隊に配属された秋本は内地勤務を経て中国へ出征することになった。
中国での仕事は船舶警護。陸軍育ちであるにもかかわらず、輸送船に乗船し、敵機を発見したら攻撃するという任務を仰せつかる。しかも伍長に昇進したので責任が重い。
船に乗った秋本は海のことなどまったくわからないのに、平然とした振る舞いで周囲を安心させようとする。
上海沖を航行中、上空に豆粒ほどの飛行機が見えた。
「敵か、味方か?」
双眼鏡で見てもわからないのが、とりあえず「友軍だ」と言い、撃たないように指示を出す。
近くに来ると機体に日の丸。
「いやぁ、さすがに専門家は違う」と乗り合わせた人々が感心。
つぎに水平線に船が見えたときも、カンで「友軍だ」と断言。接近すると確かに日本の船。
周りの人々はまたまた感心し、秋本はますます評判をあげるが、良いことばかりは続かず……
解説
柳昇が噺家になる以前、中国へ出征中の出来事を噺に仕立てた一席である。
輸送船に乗船したことも、魚雷攻撃をうけたことも事実。実体験をモチーフにした特別な新作落語である。
柳昇は落語をやるとき、両手を膝に置いて、ほとんど仕草をしなかった。
これは戦争中、機銃掃射に遭い、手の指を数本失っていたため、観客にそれを気づかれぬよう、仕草を最小限にしていたためである。
「与太郎戦記」では敵機から空襲を受け、大けがをした体験も率直に語られている。
柳昇のとぼけた口調で明るく噺を進めているが、その内容は重い。
寝起きを供にしていた上官が、機銃掃射に合い、内臓を見せてすぐに死んでしまう。
魚雷にやられた輸送船の救助にあたったが、ほとんどの乗員は水死。
水平線に浮かんでいる人間を「一人を助けるために戻れない」と見殺しにしようとする……
生と死が隣り合わせになった状況の中で、秋本青年は人生の儚さ、社会の不条理さを学んだに違いない。
どんなこともドライな視点で突き放し、笑いに転化してしまう柳昇落語の秘密をこの噺では垣間見ることが出来る。
終戦後七十年以上が経過し、戦争の体験を語る人も少なくなった。
その意味でも貴重な一席。
映画:与太郎戦記
ストーリー
赤紙片手に越中褌一枚の若者たちが居並んでいる。その中に秋本与太郎という一風変った男がいた。
彼は軍医の前に出ると、見せなくてよい時に、やおら越中を外してしまった。師匠の春風亭柳橋は、そんなあわて者の弟子を心配していた。
さて、甲種合格、お国のために尽す男となった与太郎ははりきった。ところが、軍隊とは想像以上に大変なところ。起床ラッパから就寝まで苦役の連続だった。さらに夜は寝どこで南京虫の攻撃を受け休まる暇とてなかった。
ある日、与太郎は右川中隊長に呼ばれて落語を一席。芸は身を助くである。それからというものいたるところでひっぱりだこ。
落語のお蔭で士官に可愛がられ、待望の一等兵に昇進した。
昇進と同時に与太郎らは、陸軍火薬工廠に派遣され、民家に合宿することになった。近藤兵長と与太郎が泊った家には美しい娘がいた。与太郎の落語を聞いて屈託なく笑う千恵子は、軍隊生活に咲いた一輪の花である。
それからというもの、寝ても覚めても思うは千恵子のことばかり。与太郎は、夢の中で、夜ばいに出掛け、千恵子を抱くのだった。三週間ぶりに中隊に戻った与太郎は意気昂揚、早速初年兵にハッパをかけた。
今村二等兵が脱柵したのはそんな頃だった。与太郎は遊廓へ捜索に出かけたが、色気を置きざりにしては帰れない。
落語を一席ぶって金にかえたものの准尉殿の帰隊命令が出てせっかくの苦労も水のあわだった。
やがて中国大陸の戦地にあらわれた与太郎、補充兵を引連れて連日地雷探しに出掛けた。
ところがある日、ゲリラの襲撃に合い、肩に名誉の負傷。ベッドで意識を取房した与太郎は美人看護婦を見て大喜びだった。
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