隅田川を渡るのには橋があったが、両国橋と吾妻橋の間に”御厩の渡し”が有った。ここは武家や侍達の便宜のために、お客は武家優先で運行されていた。
この日も、若侍が人品には不釣り合いな吟味されたキセルを、くゆらせながらタバコを楽しんでいた。
キセルを船の木端口に叩いてなん口目かに、雁首だけがスッポと外れて川の中に落ちてしまった。
「船頭、船を止めろ!」
「小さいので見つけるのは無理です」
「うウ~ゥ」とよほど大事にしていて、悔しかったと見え、川面と雁首のないキセルを見つめていた。
そこにクズ屋さんが現れて「残念でしたね。直すとすると足元を見られますし、新しく求めてもお高くなるので、その残ったキセルを私に払い下げてください」と、申し出た。
「無礼者!その方の雁首とキセルの雁首を取り替えてやる ワッ!」
クズ屋さんが平身低頭謝ったが、怒りは静まらなかった。船中険悪なムードになったが、そこにご老体の御武家さん。
「町人の首を打ったとて何も得になる事もない。許してやってください。」と仲人をかって出た。
「そこまで申すなら、クズ屋に成り替わってお手合わせしろ!」
「意に反するが、そこまで言うなら、船を戻させそこで手合わせをしよう」。と言う事で、船を元の岸に戻させた。船中では、老人が勝つか、若者が勝つか話題沸騰。
岸に船が着こうとすると、若侍が待ちきれず船縁を蹴って桟橋に。
船は反動で逆戻り。すかさず老体の御武家さん槍を桟橋に押しつけて「船頭、何をしている。早く船を出せ」 。船は若侍を残して川中に・・・。
「卑怯者~!」土手の柳の下で怒鳴る若侍。戦わずして勝ったご老体に船中大喜び。
泣くクズ屋と船中勝ち戦の中で沸いて、取り残された若侍に言いたい放題の罵声を浴びせていた。
そのうち、何を思ったか、若侍は裸になって、刀をくわえ川の中に飛び込んだ。
船中の客は穏やかではなくなってきた。船縁に穴をあけて沈められるかも知れない、と不安が広がってきた。
そこに、船の脇にぽかりと浮かび上がってきた若侍。
老体の御武家さん、慌てず騒がず槍をピタリと若侍に合わせて
「遺恨があって、船底に穴でも開けに来たのかッ」
「いや、雁首を探しに来ただけだ」
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