★三遊亭圓生(六代目)中村仲蔵

三遊亭圓生(六代目)

あらすじ

出し物「仮名手本忠臣蔵」という狂言が決まり、座頭と立作者が当時は役を決めたようで、立作者の金井三笑は芸の上でのけんかから仲蔵に五段目の斧定九郎一役だけといういじわるをふった。
当時の、この役は相中の役で、名題になった者がやるような役ではなく、こしらえも、縞の平袖というどてらで、これへ丸ごけの帯をしめて、山刀を差してわらじがけ、山岡頭巾をかぶって、のそのそ出てこようという、どう見ても山賊のこしらえ。

こしらえをあれこれ考えてみたがどうしても工夫がつかない。この上は神仏の御利益にすがるよりしかたがない。
柳島の妙見様に日参し、八日目の帰り道、法恩寺橋までくると、雨が降り出したので蕎麦屋へ。

食いたくもない蕎麦をあつらえて、工夫をあれこれ考えている。
と、「ゆるせッ」年頃三十四、五。月代を伸ばした浪人風の、背の高い、色の抜けるように白い、黒羽二重のひきときという、あわせの裏をとったもの、茶献上の帯、茶の鼻緒の雪駄を腰へはさんで、尻をはしょり、ろ色の大小落とし差しにして入ってきた。
破れた蛇の目の傘をぽーんとそこへ放り出す。月代をぐっと手で押さえると、たらたらっとしずくが流れようという。

濡れた着物の袂をこう……しづくを切っている浪人。
「うんッ、これだ!いいこしらえだなァ。あァ、斧定九郎……九太夫という重役の倅だから、なるほどこれでなくちゃいけない。いいこしらえだなァ……あの着物がこう、体へまといついてるところなんぞどうも、なんともいえないな、どうも、いい、いい……」。
その浪人からいろいろナリについて聞き出し、妙見様に感謝のお礼参りに戻った。

さあ、これからすぐに仕度にかかります、古着屋へ行きまして黒羽二重。
もう羊羹色になっておりまして、丸い鷹の羽のぶっ違いという、これは拝領の着物が古くなったという心持ちで……。
それから茶献上の帯を締めていたが、どうも舞台ではこれでは映えないから、白献上にして、ろ色の大小だったが、これも朱鞘の方が色彩的に引き立つというので……雪駄を腰にはさんでいたが、山崎街道へ出る山賊が雪駄をはさんでいるなんてのはおかしい。

これは福草履に替えます。それからカツラは熊の毛で張ります。元来、月代というものは、後ろへ向けて張るべきもんで、ところが今度は逆に前の方に張りましたのは、水を含ましておいて上から押さえると、たらたらッと顔へ、しずくが流れるという。それがために工夫をして前の方に張る。
こうして、なりはすっかり出来上がる。
女房”お岸”にも失敗したときは、上方に行くと話し、それでも快く了承してもらう。

初日、大序が開きまして、四段目の切腹あたりからそろそろ仕度にかかります、顔をこう……こしらえている。
手と足、胸……全身へこう真っ白く白粉を塗ったんで見ている者がびっくりして、
「おやおや、今日の定九郎はすこしおかしいな。いつも顔なぞは赤黒く塗って出るんだが、今日は真っ白だ。芸気違いがまたなにかやるのかな」とだまって見てる。
カツラをつけて、衣裳やなにかは抱えまして、そのままとんとんとんと湯殿へおります。
ここですっかり衣裳をつけて、ここだなというところを見計らって、頭から手桶で五、六杯ざッと水を浴び、揚幕の裏へ。

五段目ですから、松の吊り枝、浅葱幕という。ここへ勘平と千崎弥五郎と二人が出て台詞があり、さらば、さらばと双方へ…….という竹本で左右へ別れます。チョーンという祈がしらで、浅葱幕をぱらッと振りおとす。
野遠見というやつで正面に稲むら、掛け稲がありまして、下手の方に松の立木が五,六本という、山崎街道のこしらえで……。

竹本が済み、下座の弾き流しで与市兵衛が出て行きます。
七三のところでちょっと台詞をいってこれからまた竹本になって本舞台にかかって行く。
ちゃりッと揚幕があく。桶の中へ水が汲んであって破れた蛇の目の傘がつっこんである。
これを取り出して、半開きにして、タッ、タッ、タッ、タッと花道へ駆け出して行く……。

客は、弁当幕と言ってろくすっぽ舞台なぞ見ないのだが、いつもの通り、どてらの姿なんだろうと思ってひょいっと見ると、上の方が暗くて、下の方が真っ白で……それはいいが、駆け出して行くと、ぽたぽた水がたれるんで、これには見物も驚いた。

はて、いつもとはまるで様子が違うな、と見ている。と、中央へかかろうとしている与市兵衛をぽーんと、定九郎が一つ突きます。
くるっと回りながら下手の方へくる。上手へかけ抜けまして、ぱちっと傘を開いてこれを肩へ担いで、そこへ立って初めて顔を見せて、カラーンと見得になる。

ここで、「栄屋!」「ご趣向!」てなことで見物が褒めてくれるだろう……と、思った。
だが、なんとも言わない。いけなかったのかというとそうではなく、あまりにも良すぎたんで、客は「ううーん」とうなるだけで、ざわめきになった。
仲蔵はここで失敗をしたと思った。なら、上方に逃げる最後の舞台、お客がどう思おうが、最後まで自分の為にしっかり演じてやろうと思った。逆にここで所作に力みが無くなった。

これから与市兵衛とのやりとりがありまして、とど、段びらを抜いて向こうを殺し、左足をぽーんと踏み出し、裾のところへ刀をそえまして、すうーっと吹きあげの見得になる。所作の名人といわれた人で、いやその形のいいこと、ここでまた見物が、
「ううーん」。

月代をぐうっと手で押さえると、しずくがたらたらっと流れる。見物がまた、
「ううーん」。

刀は鞘へおさめる。これから財布を口にくわえていたやつ、首へ引っかけて裾から袂からこうしずくを切り、たらっと財布をたらし、その中へ手を入れて金勘定をする。
足へたかる蚊を足で払い、顔のところへくるやつを振りながら蚊を払う……その仕種がまたいちいちいいというので、見物がそのたびに、
「ううーん」。

十分に金勘定をして、「五十両ォ~」財布をぐるぐるっと巻いて、これを懐へ入れる。
与市兵衛の死骸は足で転がす。竹本になり、
「死骸をすぐに谷底へ、はね込み蹴込み泥まぶれ、はねは我が身にかかるとも、知らず立ったる向こうより……。」

これから早笛という鳴物になり、落ちている傘を取って、ぽーんと片手開きにして、かついで、花道にかかる、ひょいっと向こうを見る。
猪が来たという思い入れで、あわてて後へさがってくる。傘をたたんで、ぽんとそこへ放り出す。大小を抜いて、掛け稲、稲むらへ割って入る……。

で、この間にあとで使う財布ととりかえる。今度は長ァく紐のついたもの、そうしないと勘平の芝居がやりにくいというわけで……。
紅の入った卵の殻を口へふくんで、二度目に出るというわけで……

ここへ猪が出てくる。ほうぼう荒ばれまわった末に、上手の方へこれが引っ込んで行く。
ツツン、ツンツン、ツンツン……と弾かしておいて、後ろ向きに稲むらから出る。そのまま立ち上がって猪の行手を見送る。
「あわやと見送る定九郎が、せぼねにかけてどっさりと……」
という時に、道の悪いところで滑ったという思い入れで、片膝をつく、
「あばらへ抜ける二つ玉ッ……」だァ~んッ、と鉄砲の音。
大小をそこへ放り出して、だァっとそこへ転がる。

チリチリチリ、チチチ……チ、チ、チ、チ、チ……チチチーン。(口三味線)

正面を向いて起き上がった時は、胸から腹へべっとり血がついて、右足を踏み出して口の中の卵をぐっと食い切る……だらだらっと血が流れ出して右のモモのところへかかる。これから股をひろげて、ぐうーっと苦しみになる。

ところが、それまではこういう演出をした者は一人もない。
これは仲蔵が考えて、初めて血を吐いて死ぬところを見せたわけで……
いや今度は見物がまるで割れっ返るように、「うわァー」。
(仲蔵、よくも笑う客だ。と心の中でムッとなる)

十分に苦しんで、右足を引いて下手へ向いて、あお向けにどーんっと倒れる。
客がまたわんわん、わんわんとどよめき、勘平が出てきても収まらない。
勘平が殺してしまったかと、懐へ手をやる。金があったが下手の方に行きかけて、思い直して引っ返す。
金包みを出して「天より我に与えし金。ちぇ~ェかたじけなし~ィ……」。

竹本が
「と、押しいただき……押しいただき……チンシャン、猪よりさきへ一散にィ、飛ぶ~がァ……ごと……チリチリン……くぅ~……」
たたたたッと勘平が下手の方に、駆け出す。首にかかっている紐を引かれるから定九郎がぐうーっと起き上がる。その顔の恐いことといったら、子供なんぞはキャーといって泣き出すさわぎ。

勘平がひょいっと気がついて、小刀を抜いてここでぷつっと財布の紐を切る。
と猿返りをして、定九郎がドーンっと倒れる。
同時にチョーン。
イイイ.チンチンチン、チョン、チョンチョンチョンチョンと幕。

楽屋に戻っても誰も上手すぎて口を利いてくれず、失敗したと思い意気消沈して家に帰り着き、女房にしくじったと話し、上方に旅立つ。
途中、芝居帰りのお客さんが仲蔵の演技を褒めているのに出くわして、一人でも判ってくれたかと思い、女房に知らせたくて我が家に戻る。
そこに師匠の伝九郎から使いが来ていて、すぐに来てくれという。小言かと心に決めて出掛けると、意に反して、大変なお褒めの言葉。
その上、宝物の脇差しをご褒美にいただく。

「私はてっきり、やりそこなったかと思いました。いっそ、死ぬつもりでおりました」

「馬鹿な事を言うな。お前を仏に出来るか!ハハハ、役者の神様だ」。

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