★三遊亭百生(二代目) 天王寺詣り

三遊亭百生(二代目)

天王寺詣り(てんのうじまいり)は上方落語の演目の一つ。
笑福亭一門のお家芸の一つで、古くは4代目笑福亭松鶴が得意とした。SPレコードに4代目笑福亭松鶴、5代目笑福亭松鶴のものが残されている。

あらすじ

自身の不注意から愛犬を死なせてしまった喜六、知り合いの甚兵衛に「今日は彼岸やさかいに」と言われ、犬の供養のため二人で四天王寺に行く。
境内は露店が店を並べ賑わっている。境内のあちこちを見学し、引導鐘(インドガネ=境内にある鐘で、気持ちをこめてつくと死者が成仏するという)をついてもらうと、何と犬の唸り声が聞こえてきた。
喜六は「坊さん! 引導鐘三遍までと聞いてんねん。三遍目、わたいに突かせておくんはなれ!」と頼み、心をこめてつくと「クワーン!」と犬の鳴き声。
「ああ。無下性(ムゲッショウ=乱暴)にはどつけんもんや。」

概論

「犬の引導鐘」という別の題もある。ストーリーは単純であるが、彼岸の四天王寺境内のにぎわいをスケッチした点に特色がある。玩具を売る者、竹駒屋、寿司屋(江戸鮨屋)、のぞき からくり、阿保陀羅経読みなどを演じ分けなければならない。また、石の鳥居、五重塔、亀の池の紹介など名所旧跡のガイド説明の要素もあり、演者にはかなりの力量が求められる。
6代目笑福亭松鶴のお家芸で、5代目松鶴が臨終に際し息子の6代目に直接教えたネタと言われている。(実際は6代目はその場にいなかったとの説もある。)現在は松鶴一門の多くが演じている。
クスグリも沢山あるが、中でも秀逸なのが、経木に死者の名を書く時、「次は誰やねん。」「ヘエ、俗名笑福亭松鶴。」「・・俗名笑福亭松鶴・・・おい、これだれや。」「あんた、知りまへんかいな。あの眼のギョロっとした噺家。」「ほお。あの松鶴。かわいそうにあいつ死んだか。」「いや。まだ達者でやすねん。」「これ、そら何するんじゃいな。生きてる者の名前、経木に書いてどうすんねん。」「へえ。わたい松鶴が贔屓でっさかい書いたろと思て。」「それでは松鶴が災難や。けど、書いてしもたらしゃあない。」「日イ、いつにしときまひょ。」「まだ生きとる。」(六代目松鶴演の場合)という、演者自身の名を使う件である。「地獄八景亡者戯」の「◎◎、近日来演としたアる。」と同じパターンである。ここでは必ず大爆笑となる。
覗きからくり(昭和60年代まで四天王寺で演じられていた。)、露天商の売り声、さらに今は歌われなくなったわらべ唄「天王寺の蓮池で 亀は甲干すハゼ食べる。引導鐘ボンと突きゃ ホホラノホイ」が唄われたりするなど、貴重な民俗資料でもある。
5代目、6代目松鶴のほか、5代目桂文枝、4代目桂文紅らも演じていた。大阪のローカル色豊かな演目なので東京ではあまり演じる者がいないが、かの地で上方落語を演じた2代目三遊亭百生は、サゲ(落ち)が東京の人には分からないので、阿保陀羅経を演じる演出を取り「馬鹿馬鹿しい天王寺詣りでした。」とさげていた。現在は「無下性・・」のサゲを東京でも行っている。
舞台になる四天王寺は、大阪市天王寺区にある聖徳太子(厩戸皇子)ゆかりの寺院で「天王寺さん」と大阪市民に親しまれている。毎年春、秋の彼岸には多くの善男善女が、祖先の戒名を書いた経木(薄い木の札)を亀の池に流し引導鐘をついて供養するために参詣する。このときは普段静かな境内は露店が出るなど大にぎわいである。上方落語には「天王寺詣り」のほかに「弱法師」「鷺とり」「戒名書き」など四天王寺を舞台とした演目がいくつかある。

[出典:Wikipedia]

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