長屋に住んでいたグズ七と呼ばれていた七兵衛さん、仲間から助けられ生活していたが、伯父さんが亡くなって、財産、家、土地は勿論のこと借家を含めて遺産相続。今ではふんぞり返って生活しています。
七兵衛さん昔の長屋を見に来たのですが、快く思わない長屋の連中。
『グズ』、『七』、『グズ七』と呼んでも聞こえぬふり。
「私は『田中七兵衛』と申します」と取り合わない。
ナリを見ると腰に矢立が下がっている。「その矢立は何をするものだ」
「やだな~。矢立で水を汲みに行きません。字を書きます」「字を書く?こん畜生、長屋にいた時分を思い出せ。我々に『イ』の字は何処から書くんですか、とか、この手紙読んでください、ハガキ書いてください、と頼みに来たんだろ」
「今は違います。地主なり、家主ですから事務ぐらいこなせます。ははは」「悔しいな。だったら、グズ七の『七』の字を書いてみろ。書けなかったらヘソに焼火箸突っ込んで安来節を踊らせるゾ」
「書けたらどうします。これでは片手落ちです。へへへ」「書けたら100円やら~。今は無いから集めて来るから、30分待ってろよ。ここを離れるんじゃねえぞ。いなかったら家に火ぃ点けるぞ」
こうして字が書ける書けないでお互い意地になります。
八っつあん駆け出して行きました。「さぁ~大変だ。『七』の字を覚える前に安来節を覚えるのが先かな。良いことを思いだした。学校の先生の所に行って聞いてこよう」
七兵衛は自分の名前さえ書けなかったのです。困ったときの先生頼りで、家に行きますが九州に行って不在でした。
かみさんに「七」の字の書き方を聞きます。「質物(しちもつ)の『質』ですか、数の『七』ですか?」
「名前の『七』です」
「おからかいでしょう。と、思ってお教えします」空中で書き始めた。
「最初に横に一本引きますの、縦に一本引くと『十』の字になるでしょ、その尻尾をヒョイと右に曲げるんです。
後で魔が差すといけませんので消しておきます」分からないので、もう一度聞くが同じ事。さっぱり分からない。
「火箸があるでしょう、まず一本を横に置くの、次に縦に置いて『十』の字に置いてみて。それでは撞木ですから、頭を出して。そして、右に尾をはねるのよ。簡単でしょう?火箸を本当に曲げてはいけません」
「アリガトウございました。これで、100円貰ってお菓子でも買ってきます」
道々反復しながらやって来た。
「おい、七兵衛欠伸の一束もして待っているんだぞ。古道具屋に行って古襖(ふるぶすま)を借りてきたんだ。提灯屋でたっぷりの墨と大筆を借りてきたから、これで大恥を書け」「質物の『質』ですか、数の『七』ですか?」
「聞いたこと言ってら~。名前の『七』だ」
「火箸がありますか?」「字を書くのにいるかぃ」
「では書きます。まず、横に一本。二本目の火箸が・・・」「火箸は止めろ」
「首を出してから、うん~ん・・・と、引っ張ってきて、尻尾を」「おい、書くよ。七ちゃん勘弁してくれ、そこまで書けば分かるよ、半分の50円に負けてくれ。右に曲げるんだろ」
「負けられるか」と言って、左に曲げてしまった。
[出典:落語の舞台を歩く https://rakugonobutai.web.fc2.com/156sitinoji/siti.html]
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