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自分は、はじめからいなかった:非二元の書『エゴのわな』を読んだ、一読者の記録/小谷地市朗【Kindle出版】

✨️Kindle出版

「自分は、はじめからいなかった」と言われて、あなたはどう感じますか

奇妙なタイトルだと思われるかもしれません。けれど、この一文に少しでも引っかかるものがあるなら、その感覚こそが、この本の入り口です。

『自分は、はじめからいなかった』は、非二元(ノンデュアリティ)と呼ばれる考え方をめぐる、一人の読者の記録です。土台にあるのは、クイン・ラベンダーの『エゴのわな』という一冊。その本に揺さぶられた読者が、何を読み取り、どこでつまずき、何が腑に落ちたのかを、正直に書きとめています。

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答えをくれない本

世の中の自己啓発書やスピリチュアル本の多くは、答えをくれます。こうすれば良くなる、こう考えれば楽になる、と。

この本は、その逆です。良くなろうとする努力そのものを、静かに疑います。

たとえば、苦しみ。私たちはふつう、つらい出来事が自分を苦しめている、と考えます。けれどこの本は、痛みと苦しみを分けます。痛みは一度きりの信号で、苦しみは、その記憶を何度も再生し、価値判断を重ねるところに生まれている——そう読み解いていきます。出来事が刺し続けているのではなく、自分が巻き戻して刺し直している、というわけです。

「自分」という存在そのものも、つかもうとすると手の中から逃げていきます。名前も、経歴も、性格も、別の何かとの比較でできたラベルにすぎず、確かめている当人を探しても、最後の一人が見つからない。読み進めるうちに、答えが手に入るのではなく、問いを握っていた手のほうが、ゆっくりほどけていきます。

揺れたまま書かれている

この本の魅力は、書き手が「分かった人」のふりをしていないことです。

著者はくり返し、自分はまだ体得していない、腑に落ちたとは言えない、と打ち明けます。夜中に古い後悔が再生されることも、つい見返りを数えてしまうことも、そのまま書いています。教え諭す代わりに、同じ道を、つまずきながら一緒に歩いてくれる。だから、読んでいて身構えずにすみます。

非二元の本にありがちな、突き放したような明晰さや、説教くささがありません。あるのは、何度も本を閉じては、また開いてしまった一人の、正直な足取りだけです。

読み終えても、たぶん何も解決しません

最後に、正直なことを書いておきます。この本を読んでも、人生の問題は解決しないかもしれません。著者自身、読み終えても相変わらず迷うし、腹を立てるし、明日を心配する、と書いています。

それでも、一つだけ変わることがあるとすれば——苦しいときに、それを握りしめる手が、ほんの少しだけ、ゆるむ。劇的ではない、けれど小さくない変化です。

きれいな結論よりも、揺れたままの正直さを読みたい方。一度立ち止まって、自分という前提そのものを眺めてみたい方。そんな方に、そっと差し出したい一冊です。


  • タイトル:自分は、はじめからいなかった(非二元の書『エゴのわな』を読んだ、一読者の記録)
  • 著者:小谷地市朗
  • 形式:Kindle版/ペーパーバック
  • 販売ページ:https://amzn.to/4uXkJXt

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