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さかなクン伝説~なぜフグの帽子をかぶっているのか?生い立ちや学歴の謎に迫る!! #4,883-0611

芸能

更新履歴
2016年2月:初投稿
2026年6月11日(木):さかなクンの現在の肩書・活動(東京海洋大学名誉博士/客員教授、映画『さかなのこ』など)を追記。放送内容の逐語引用を要約に整理し、出典を明確化。

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さかなクンはどのように誕生したのか

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魚の豊富な知識と明るいキャラクターで知られるさかなクン。その生い立ちは、2015年12月18日に放送された「中居正広の金曜日のスマたちへ」の特集で、母親が寄せた手紙とともに紹介されました。

母親の手紙によれば、幼いころのさかなクンは魚にまったく興味を示さなかったといいます。では、なぜ魚好きになり、どのようにして「さかなクン」が生まれたのか。番組で語られた経緯をたどります。

「タコ」との出会い

東京都で男二人兄弟の弟として生まれたさかなクンは、周囲から「ミー坊」「まーちゃん」と呼ばれていました。無口でおとなしく、興味を持つととことんのめり込む性格でした。

最初に夢中になったのはトラックです。毎日のようにトラックの絵を描き、5歳のころにはすでに細部まで立体的に描いていました。のちにイラストレーターとして活躍する素地は、この時期に培われています。

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その後、神奈川県綾瀬市に移り住みます。小学校に入っても目立たない存在でしたが、小学2年生のときに転機が訪れました。クラスメイトがノートに描いた「タコ」の落書きを見て、その姿に強く惹かれたのです。それまでタコを見たことがなかったさかなクンは、ユニークな形に一目ぼれしたといいます。この出会いが、その後の人生を大きく変えていきます。

あだ名は「タコ」

タコに夢中になったさかなクンは、母親に頼んで生のタコを買ってもらいます。虫眼鏡で吸盤を数えながら絵を描き、部屋がタコのにおいで満ちるまで観察を続けたと、母親は手紙につづっています。母親は息子の好奇心を尊重し、1か月ものあいだ毎晩タコ料理を作りました。

周囲からは「タコ」というあだ名がつきました。本人はそれを褒め言葉と受け取り、むしろ喜んだといいます。

「タコ」から「さかな」へ

生きたタコを見せようと母親が水族館へ連れて行ったとき、さかなクンは水槽を泳ぐ色とりどりの魚に心を奪われます。とりわけ惹かれたのが、小さなヒレを使って懸命に泳ぐハコフグでした。

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以降、図鑑を読み込み、魚の絵を描く日々になります。関心はトラックからタコ、そして魚へと移っていきました。鮮魚店に通っては店主に質問を重ね、やがて店主が知らない魚種を言い当てるほどの知識を身につけていきます。

母の支えと「将来の夢」

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魚の知識は増える一方で、学校の成績は振るいませんでした。5段階評価でほぼオール2だったといいます。父親は成績を厳しく見ていましたが、母親は勉強を強いることなく、好きなことを伸ばす方針を貫きました。

母親自身、若いころにダンスでプロを志しながら、両親の反対で夢を断念した経験がありました。その後悔から、息子には好きな道を歩ませたいと考えていたと、番組では語られています。

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小学6年の卒業文集には、「東京水産大学の先生になりたい」と記していました。東京水産大学は2003年に東京商船大学と統合して東京海洋大学となります。さかなクンは後年、この東京海洋大学で名誉博士・客員教授を務めることになりました(詳細は後述)。

吹奏楽部とカブトガニ

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中学では「水槽」と「吹奏」を取り違えて吹奏楽部に入部した、という逸話が知られています。部室の水槽にいたカブトガニを世話し、毎日決まった時間に動かしていたところ、潮の満ち引きと錯覚したのか産卵・人工ふ化につながり、新聞に取り上げられました。

中学・高校で同級生だったお笑いコンビ・ドランクドラゴンの鈴木拓は、当時のさかなクンの持ち物が鉛筆や消しゴムまで魚一色だったと振り返っています。

高校3年のとき、テレビ東京「TVチャンピオン」の全国魚通選手権に初出場し、準優勝を果たしました。その後、同選手権で5連覇を達成しています。

「どうぶつ奇想天外」とハコフグ帽子

2000年、TBS「どうぶつ奇想天外」への出演を機に、テレビでの活動が本格化します。当初は控えめでしたが、海中ロケをきっかけに高いテンションのキャラクターが定着し、トレードマークのハコフグ帽子をかぶるようになりました。海に潜るロケでは、通常は人に寄ってこない野生のマンタやコブダイが近づいてくる場面もあったといいます。

「いじめられている君へ」

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2006年、朝日新聞の連載「いじめられている君へ/いじめている君へ」に、さかなクンは「広い海へ出てみよう」と題した文章を寄せました。

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その内容は、魚の生態といじめを重ねたものでした。狭い水槽ではメジナが特定の一匹を攻撃し、その魚を別の水槽へ移しても、また新たな標的が現れる。広い海では起きないことが、狭い世界では起きてしまう――。中学の部活動で目にしたいじめと魚の観察を結びつけ、仲間外れにされた友人と釣りに通った自身の経験をつづったうえで、「広い海へ出てみよう」と呼びかける文章でした。

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この文章は大きな反響を呼び、2007年には加筆・編集のうえ絵本『さかなのなみだ』として出版されました。中学校の道徳教材にも「魚の涙」として採用されています。

[出典:2015年12月18日 金スマSP さかなクン誕生の秘密]

現在のさかなクン

2015年3月、さかなクンは東京海洋大学から名誉博士の称号を授与され、2022年4月には同大学の客員教授に就任しました(それ以前は客員准教授)。子どものころに憧れた「東京水産大学(現・東京海洋大学)の先生」という夢を、別の形で実現したことになります。

2010年には、絶滅したとされていたクニマスの生息確認に貢献しました。海洋に関する普及・啓発活動が評価され、「海洋立国推進功労者」として内閣総理大臣賞を受賞しています。農林水産省「お魚大使」、外務省「海とさかなの親善大使」など、多くの公的な大使・委員も務めています。

2022年には、自叙伝『さかなクンの一魚一会〜まいにち夢中な人生』を原作とした映画『さかなのこ』(のん主演)が公開されました。テレビではNHK Eテレ『ギョギョッとサカナ★スター』に出演するなど、活動を続けています(2026年6月時点)。

文責:ライターズラボ編集部(2026年6月11日(木)17:01執筆)

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