長屋の乱暴者の職人、三日にあけずにけんか騒ぎをやらかすので、大家も頭が痛い。
今日もはでな夫婦げんかを演じたので、呼びつけて問いただすと、朝、一杯やっていると折よく魚屋が来て鯵を置いていったので、それを肴にしようと思ったら、隣の猫が全部くわえていったのが始まり。
てめえんとこじゃ、オカズは猫が稼いでくるんだろッ、泥棒めッと怒鳴ると、女房が「 たかが猫のしたことじゃないか」と、いやに猫の肩を持つので、さてはてめえ、隣の猫とあやしいなッと、ポカポカポカポカ。
見かねた母親が止めに入ると「今度は婆あ、うぬの番だ」と、げんこつを振り上げたが、はたと考え、改めてけとばした、という、騒ぎ。
大家はあきれて、てめえみたいな親不孝者は長屋に置けないから店を空けろと、怒る。
嫌だと言えば、これでも若いころには自身番に勤めて、柔の一手も習ったからと脅すと、さすがの乱暴者も降参。
「ぜんてえ、てめえは、親父が食う道は教えても人間の道を教えねえから、こんなベラボウができあがっちまったんだ。『孝行のしたい時には親はなし』ぐらいのことは知ってそうなもんだ。昔は青ざし五貫文といって、親孝行すると、ごほうびがいただけたもんだ」
「へえ、なにかくれるんなら、あっしもその親孝行をやっつけようかな。どんなことをすりゃいいんです」
そこで大家、昔、唐国に二十四孝というものがあって、と、故事を引いて講釈を始める。
例えば、秦の王祥は、義理の母親が寒中に鯉が食べたいと言ったが、貧乏暮らしで買う金がない。
そこで氷の張った裏の沼に出かけ、着物を脱いで氷の上に突っ伏したところ、体の温かみで溶け、穴があいて鯉が二、三匹跳ねだした。
「間抜けじゃねえか。氷が溶けたら、そいつの方が沼に落っこちて往生(=王祥)だ」
「てめえのような親不孝ものなら命を落としたろうが、王祥は親孝行。その威徳を天が感じて落っこちない」
もう一つ、孟宗という方も親孝行で、寒中におっかさんが筍を食べたいとおっしゃる。
「唐国の婆あってものは食い意地が張ってるね。めんどう見きれねえから踏み殺せ」
「何を言ってるんだ」
孟宗、鍬を担いで裏山へ。冬でも雪が積もっていて、筍などない。一人の親へ孝行ができないと泣いていると、足元の雪が盛り上がり、地面からぬっと筍が二本。
また、呉孟という人は、母親が蚊に食われないように、自分の体に酒を塗って蚊を引きつけようとしたが、その孝心にまた天が感じ、まったく蚊が寄りつかなかった、などなど。
感心した親不孝男、さっそくまねしようと家に帰ったが、母親は鯉は嫌いだし、筍は歯がなくてかめないというので、それなら一つ蚊でやっつけようと、酒を買う。
ところが、体に塗るのはもったいねえとグビリグビリやってしまい、とうとう白河夜船。
朝起きると蚊の食った跡がないので、喜んで
「婆さん見ねえ。天が感ずった」
「当たり前さ。あたしが一晩中扇いでいたんだ」
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