『子を持って知る親の恩』などと言います。自分の子供は可愛いものです。
「先生大変ですッ」
「どうした?」
「親父が上京してくるんです」
「親が来れば小遣いが貰えるだろう」
「私は4年間大学を落第していることになっているんです。ですから、結婚したことも、子供が出来たことも知らないんです」
「それにしても、4年間に5人も良く出来ましたね」
「卒業証書を貰ったときに最初の子が生まれ、年子で4人出来たんです。初任給3万5千円で、仕送りが切れると大変だから、黙っていたんです。何か良い方法無いですかね~」
「表札入れ替えて、君に留守番頼むよ。これから釣りに行ってくるから、釣った魚は置いていくよ。泊まるようなことがあれば、友達のところに行くし、私は独身だから家財道具も女物も子供の物も無い」
。「表札打ち直しましたよ」
「先生の家は『男やもめにウジがわく』と言うが、汚いな。でも、座布団が4枚有るよ。座布団が続いていると思ったら布団を畳んで座布団にしているんだ。童謡作家だから童話、童謡の本はいっぱい有るな」
「利夫かい」
「お父さんですね」
「帽子とコートは向こうに置いてくれ。家で取れたいろいろな野菜だ、故郷の香りがするから持ってきた。気は遣わなくても良いから、お茶入れてくれ」
「お茶ですか……」
「汽車で飲んでいる人が居たので、聞いたら20円だそうだ。もったいないから洗面所で水飲んじゃった。まだ茶筒見つからないか。健忘症じゃないか。隣の家ならどこに何があるか皆分かるんだが……」
「来たばっかりで意見するんじゃ無いが、いつになったら大学卒業するんだッ。4年間も落第するなんて……」
「物価が高いですからな~」
「仕送りも並大抵の事じゃ無いよ。いつになったら卒業するんだぃ。もう卒業しなくてもいいから高卒で就職しろ。初任給で足らない分は仕送りする」
「友達に紹介されて、会社は明日からでも行けるんです」
「就職が決まったのなら次は嫁だな。東京の空気は違うな、上野に着いたらつくずく思ったよ。東京で嫁を探せ」
「探したら、良い娘が居たので、隣に来ています」
「女の子にはすばしっこいな~。俺の子だからな……」
「お父さん、”富子”です」
「頭を上げてください。縁が有ったら夫婦になってくれませんかね。東京に出てきて、東京の空気でバカになってしまいましたが、良いやつで、体も丈夫ですから。どうでしょう、一緒になってくれませんか」
「あ~ぁ、これで肩の荷が下りた。お前より富子さんの方が頭が良さそうだ。内助の功で成功するぞ。富子さんよろしくお願いします。こうなれば、孫の顔が見たいな」
「そんなに孫の顔を見たいですか」
「もう1年もすると、孫の顔が見られるな~」
「見たいですか」
「とんとんと進むと1日でも早く見たいな」
「見せましょうか」
「利夫、そんなに急ぐことは無いよ」
「見たいでしょう。一人だけこしらえておきました」
「連れて来い。あ~、孫だッ。よく似ているな。お前の赤ん坊の時とそっくりだ。バ-、ベロベロ。名前、何て言うんだ”テイ坊”かッ、良い名前だ、村では堤防は大事だからな~。自分の孫は、にじみ出る可愛さだな。うれし涙があふれてくるよ。これで一年でも経てば歩くようになるし、二年もすると、腰にまとわりついて、『おじいちゃん、お小遣いくれ』なんて言うようになると、可愛かんべ~なぁ~」
「そんなにおじいさんと言わせたいですか」
「顔を見たら『おじいちゃん』と言わせてみたくなったな~」
「言わせましょうか……」
「利夫、スピード時代だって飴細工じゃないからな。おじいちゃんとは言わないだろう」
「言いますよ」
「皆こっちにお入り」
孫たちがおじいちゃんと叫びながら抱きついてきた。
「利夫、頭がおかしくなっちゃったよ。ここに来て、まだ30分ぐらいしか経たない。
4~5年居るような気持ちになってきた。どの子も、お前に瓜二つだ。5人も孫があったんだ~。お袋も喜ぶことだろう。この孫たちがすくすく大きくなって、結婚するともなればどんなに可愛かろうな。あ~ぁ、おっかね~、おっかね~、うっかりした事は言わね~。桑原くわばらッ」
「父さん、何をそんなに急に怖がってるんだぃ」
「うっかり言ったら、今度はどんなに大きなヤツが現れるかもしれねぇから……」
[出典:https://rakugonobutai.web.fc2.com/307hyousatu/hyousatu.html]
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