昭和53年(1978)4月 池袋演芸場にて
あらすじ
借金をしても義理だけは欠かないのが江戸っ子。
今度、兄貴分の竹さんが引っ越したので、日ごろ世話になっている手前、祝いの一つも贈らなくてはならないと考えた二人組。
ところが、何を買っていいか見当が付かないので、直接本人に聞きに行く。
竹兄イが、そんな無理をしなくてもいいと断るのに、
「箪笥長持ち一式はどうです?」
なんぞと大きなことを言う相棒に、どこにそんな金があるんだと、片一方はハラハラ。
ところが、ふと台所を見ると、昔はどこの家でも必需品の水瓶がなく、バケツで代用しているようす。
さあこれだ、と二人、兄イが止めるのも聞かず、脱兎のごとく外に飛び出した。
早速ある道具屋に飛び込んで物色すると、手ごろなのがあるので、値段を聞けば二十八円。
少しばかり、いや大いに高い。一番安いのを見ると四円。
ところが、馬鹿なことに、所持金額は一人が一銭、相棒は一文なし。
お互いに、相手の懐を当てにしていたわけ。
しかたなく消え入りそうな声で、
「あの、もう少しまかりませんか?」
「へえ、どのくらいに?」
「あの一銭」
「ははあ、一銭お引きするんで?」
「一銭はそのまま。後の方をずーっと……」
これでは怒らない方がおかしい。
顔を洗って出直してこい、来世になったら売ってやると、おやじにケンツクを食わされ、別の道具屋を覗くと、またよさそうなのがある。
当たって砕けろと、恐る恐る一銭と切り出すと、
「一銭? そんな金はいらない。タダで持ってきなさい」
大喜びの二人。
早速、差し担いで運ぼうとすると道具屋、
「あんた方、それを何に使いなさる?」
「水瓶だよ」
「そりゃいけねえ。見たらわかりそうなもんだ。おまえさん方、毎朝あれにまたがってるでしょう」
ん……? 毎朝またがる? よくよく見ると、果たしてそれは紛れもなく、便器用の肥瓶(こいがめ)。タダなわけ。
と言って、今さらどうしようもない。
洗ってみても、猛烈な悪臭で鼻が曲がりそう。
しかたなく水を張ってゴマかし、引っ越し祝いに届けると、兄イは大喜び。
飯を食っていけと言われて、出てきたのが湯豆腐。
うめえ、うめえと食っているうちに、ふと気づいて二人、腰が抜けた。
豆腐を洗った水はどこから汲んだ? へえ、その、豆腐は断ってましてと言うと、それじゃ香の物はどうだと出され
「そりゃいい、古漬はかくやに刻んで水に……あの、コウコも断ってます」
「何でも断ってやがる。それじゃ焼海苔で飯を食え」
「その飯はどこの水で炊きました?」
「決まってるじゃねえか。てめえたちがくれたあの水瓶よ」
「さいならツ」
「おい、待ちな。あの瓶が……おい、こりゃひでえ澱(おり)だ。こんだ来る時、鮒ァ二、三匹持ってきてくれ。鮒は澱を食うというから」
「なに、それにゃあ及ばねえ。今までコイ(肥=鯉)が入ってた」
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