★古今亭志ん生(五代目)弥次郎(うそつき弥次郎)

古今亭志ん生(五代目)

上方落語の演目『鉄砲勇助(嘘つき村)』の前半部を独立させ、「安珍・清姫伝説」を下敷きとしたエピソードを加味したもの。
『鉄砲勇助』は1773年(安永2年)に刊行された笑話本『口拍子』の一編「角力取」など、多くの小咄を組み合わせて1本の作品とした落語で、嘘ばかりつく主人公が、嘘の名人と称される農夫のもとへ出向き、嘘をつきあう対決をする内容。

えー なにしろ 人と云うものぁ 何にでも 癖と云うものが在りますな 無くて七癖在って四十八癖 てんで 色んな癖が在る 中には此の嘘ぉ吐いてる癖が在る どぉも しに一辺嘘ぉ吐かねぇてぇと 飯が旨くねぇんで

【ご隠居】今日わ駄目だぜ 何時もの様な事ばかり云ってちゃ お前さんにゃぁ 引っ掛かっちゃうよぉ

【弥次郎】ううーんえ 今日わそんな 真面目な話ぉしようと思ってね

【ご隠居】ほんとなのかい

【弥次郎】うん

【ご隠居】ほんなら いいけどもさぁ お前さんのぁ うっかり しっ掛かっちゃうからなぁ こないだも 縮緬の三枚重ねの布団が百五十圓で 在るてぇからさぁ 買っといたらどぉですってぇから 俺ぁもぉ喜んぢゃって 直ぐ持って 来て呉れったら 仏様の錀の布団持って来て どぉもねぇ だぁらどぉも俺ぁ嫌何だよ ねぇ 偶にゃぁ本当の事ぉ云わなくちゃぁいけませんよぉええ けど 此処んとこ ちょいとみえ無かったけども どっか行ってたのぉ

【弥次郎】ええ

【ご隠居】何処ぉ行ってたのぉ

【弥次郎】ええ 北海道の ずーと奥の方ぃ行ってました

【ご隠居】あっちゃぁ 寒いだろぉなぁ

【弥次郎】寒いだろぉな何て そんな疑る寒さぢゃぁ 在りませんよ ええもぉ 寒いどころぢゃ 在りませんね もこんな うう本当につべたくってね口が利け無い位 寒くって困ります

【ご隠居】お前さんの行ったとこかぁ

【弥次郎】ええ も何でもねぇ 凍っちゃうんだから ええ お茶なんぞお上がんなさいな 何て云いませんよ お茶ぉお齧りなさいましって もぉね お茶ぉもぉ注いで出すと 凍っちゃうからねぇ でお齧りなさいましって

【ご隠居】あぁ そんなかぁ

【弥次郎】へぇ しょんべん何ぞ お前さんねぇ じゃーっとしてねぇ 流れてこんな成るでしょ 向こうのぁ そぉぢゃ無いんだから 凍って棒で出て来るんで

【ご隠居】それぢゃ しょぉがねぇぢゃ無ぇか

【弥次郎】しょぉがねぇですよ 棒で出て来ちゃうんで 後が出無く成っちゃうんで ねぇ だから あすこの はばかりぃ行くと ちゃんと小さな金槌が こぉ置いて在るんで へぇ そいつで じゃーっと出て来ると こいつで ぱきーん じゃーぱきーん 危ないもんですよ そりゃぁ ねぇ あたしもねぇ一辺ねぇ じゃーっと遣って ぱきーんと遣ったらねぇ 見当が外れて 他ぉ打って目ぇ回して

【ご隠居】しょぉがねぇなぁ 寒いってなぁそんなにかなぁ

【弥次郎】ええもぉ そんなにったってお前さん も凍ると云う事についちゃぁえ 酷いもんですよ ええ だぁら鴨や何か鉄砲や何ぞで 撃た無くったって 向こうぢゃ手で掴まえられるんで

【ご隠居】鴨が

【弥次郎】へぇ 鴨がこぉ泳いでるとね 冷たい風がすーっと行くとね 鴨の足がね 凍り付いちゃうんで そぉすっと野郎もぉ 飛べ無く成って ぱたぱたぱたぱたすんで あー 誰か 鴨狩り鴨狩り行こう鴨狩り行こうってね鎌ぁ持ってね 行くとね 鴨の奴が ぱたぱた遣ってんのぉ やい 畜生目って こぉひゃぁーってって で皆足ぉ刈っちゃうんで

【ご隠居】鴨の足ぉ

【弥次郎】ええ

【ご隠居】足ぉ 皆刈っちゃうん

【弥次郎】ええ するとね 刈った鴨の足のね 残ったのからね 来年成ると芽が出て来るんで

【ご隠居】変だねぇ どぉして鴨の足から 芽が出るんだい

【弥次郎】ええ かもめ何て云いましてね

【ご隠居】何だよそりゃぁ そんな事ぁ嘘だよぉお前

【弥次郎】本当ですよ 知ら無ぇんだから あっちの寒さぁ ええ あすこの火事ぃ合ってご覧なさい 驚くから

【ご隠居】そんなかぁ

【弥次郎】ええ あたしが泊まってる宿屋の 向こうが 燃え始めたんで 夜中に 火事だって騒いで 向こうに行って見たら ちゃーって 燃えてるんだよ ええ するってぇとねぇ さーっ水掛けちゃ駄目だぞぉ水掛けちゃ駄目だぞぉ とこぉ云ってんのぉね 習慣に成ってるからねぇ 水ぉさーっと掛けたんで であたしゃぁ そん時に どぉして水ぉ掛けちゃ駄目だぞと 云うんだろぉなと思ったら 後で判ったんで 掛けるでしょ 掛けるってぇとね 陽気の寒い処ぇ 冷てぇ風が吹いてる処ぃ 冷たい水ぉ ざぶざぶざぶざぶって 掛けたらね 火事が突っ立っちゃって

【ご隠居】火事がぁ

【弥次郎】ええ 動か無く成っちゃって そりゃどぉしたんですって こぉ云ったらねぇ 火事が凍りましたって

【ご隠居】火事が

【弥次郎】ええ でねどぉも火事の凍ったの位 始末の悪いものぁ在りませんよ ああ遣っといてね 温かに成る迄待っとくでしょ 其れから温かに成って融けて来てから 済んだっとこぉ云うんで うん だからもぉ あれぇ何ですかね 細かにしてこぉ 融かしゃぁ 火に成るんですかねって そりゃ成りますよ 元ぁ火事だからって そいぢゃあたしが 戴こうぢゃないかって 云うとね ぢゃ持ってらっしゃいってんで 火事の凍った奴ぉ 束ねてですね あたしゃぁね牛の背中ぃ積んでね 持って来たんす そすっとね その土地から脇ぃ行くってぇとね 今度ぁ陽気がね 暖っかく成ってきちゃった ええ そしたら牛の背中で 火事の凍ったのが 融け始めまして牛の背中ぉずーっと焦がしちゃった そしたら牛がね モー 嫌だ

【ご隠居】何だよ

【弥次郎】ね あたしゃ 牛方に追っ駆けられましてねぇ 弱ったよぉ 山ん中ぉどんどんどんどん逃げましたがね どぉもその山のねぇ 凄いのってなぁ 何て山ですか 何でもあすこいらにぁ 色んな
山が在りますよ

【ご隠居】あそぉだろ

【弥次郎】何代 山ぁこぉ抜けてね どんどんどんどん山ぇこぉ 登ってかぁね で頂上行って今度ぁ向こうぇ 下り様と思って ひょいって 見るてぇと其処に居るってぇと 三四十人の変な野郎が 皆こぉだぁー 焚き火ぉしてやがんだね ねぇ そらぁ目付き見たって判るぁ 碌な野郎ぢゃ無ぇ こんな処に蟠ってる野郎わ さぁ大変なとこぃ来ちゃったなと 思ったけれども後ぃ戻ったって 大変何だからね おまけにすーっと はぢの方ぃ行って 見え無ぇったら 大丈夫だと思ったから あの方ぃ はぢぉね ずぅっとこぉ伝わって山のこぉ判ん無いとこぉ こぉ行こぉと思ったんだけども へぇ そぉしてっとそこいねぇ 見てぇる野郎がね こいつあぁ裸でね え 裸で褌しとつだね 腹巻きしてやがんで こいつぁ博打や何かで 取られたに違ぇ無ぇ くりくり坊主の 野郎でね こんちくしょぉめ 目付きが良く無ぇなばばっと見やがってね おあ でしょぉが無い お前ってこぉ云いやがんでうん

【ご隠居】それから

【弥次郎】何だってこぉ云うと てめぇぁ此処ぉ何処だと思って通るんだって ええ 此処ぁなぁ地獄の一丁目と云って 二丁目の無ぇ処だぞ ぢゃ二丁目が無きゃ三丁目の方から 行くからってこぉ云ったら 電車に乗るんぢゃ無ぇこんちくしょぉ 俺ぁ此の通り裸に成ってるんだ てめぇ裸ん成れ 在る物皆渡せ 腹巻だけぁ助けて遣るから 後ぁ皆脱いでけ 冗談云うない 此の寒いのに裸にされて堪るもんかい ほんとにぃ そんなもん出来無ぇって こぉ云うとね 何だ此の野郎って そいつが行き成りあっしぉ ぽーんっと殴って来たね けれどあたしが 柔道が二十三段

【ご隠居】二十三段何て無いよ

【弥次郎】いやええ 審査員がまけて呉れた はいっと体ぉかわすと 前ぇきゅうっと のめっちゃった こんちくしょぉめってんでその野郎の頭の毛ぇ掴まえて ぐいっと引き摺っちゃった ねぇ

【ご隠居】だって坊主だって云うぢゃ無ぇか

【弥次郎】頭の毛ぢゃぁ無いんだ

【ご隠居】何処ぉ持って引き摺ったんだ

【弥次郎】耳ぉ持ってくーっと

【ご隠居】兎だねぇ

【弥次郎】へっと離して遣ると ぐるっと回って来やがって へぇ そいから そいつぉ胸倉取ってこぉぉ 締めてやって其れから真っ青な顔ん成った

【ご隠居】だって胸倉取るったって 裸だって云ってんぢゃ無ぇか

【弥次郎】ああ そぉだ裸

【ご隠居】だって 胸倉取ったって云ったぢゃ無ぇか

【弥次郎】うん だぁら 胸板押したんだ

【ご隠居】どぉも変だよ お前さん

【弥次郎】へぇ 大勢あたしの周りぉ 取り巻いて来やがったから こいつら片っ端からねぇ おっ放り投げちゃった どぉです 逃げちゃって ええ あー良かったと思ってるとてぇとね うあーってこぉ山が 成ってきたから ほいっと向こうぉ見るてぇと 背中の辺りが三間位在る 大きな猪がねぇ こーっ角ぉ生やしてて あたし目掛けて ぴゅーっと 飛んで来やがった ねぇ

【ご隠居】角ぢゃ無ぇ 猪ってなぁ牙だよ ありゃぁ

【弥次郎】ああ そぉだね 牙がもぉ角みたいに成っちゃって こぉー伸びて

【ご隠居】あー 随分長い牙だね

【弥次郎】長い牙ですよありゃ 顔ぉ見ながらあたしゃね 此の猪 此の牙に 掛かっちゃいけ無いと思ったから 脇に松の木が在ったから 松の木に すーっと登ってね その内に木がねぇ 下ぉ見るってぇと野郎ね 牙で根ぉ掘ってやがんだよぉ ね 木ぉ倒してこっちぉ食ぉてんで 木の上で こっちゃぁ 気が揉めらぁ

【ご隠居】何だよ

【弥次郎】もぉこぉ成りゃぁね 仕方が在りませんよ ねぇ 猪と一騎打ちの心算であたしゃぁ 行き成りとぱーっと飛び降りてやった へ 猪の上ぇ跨っちゃって ふんっと見るてぇと 此の猪に首が無ぇ

【ご隠居】だって 牙で根っこ掘ったんぢゃ

【弥次郎】うん どっかぇ落っことしたんぢゃ無ぇかなって ひょいっと後ろぉ見ると 後ろに首が在んだ

【ご隠居】あべこべに 乗っちゃったな

【弥次郎】あべこべに乗っちゃった ほいぢゃもぉ是ぁ仕方が無ぇからね 懐ぃ隠しといたね 先祖伝来に伝わる 三円八十銭の短刀ぉ抜いて

【ご隠居】随分安い短刀だね

【弥次郎】安くったって しょぉがないよ こぉ突くってぇと 通ら無いんだよ是が そして野郎がどんどんどんどん駆け出して こぉねケツぉ振るんですよ 落っことそぉと思って こっちゃぁ尻尾に掴まってっけど ねぇ へぇ 袂が邪魔ん成ってしょぉが無いから 尻尾ぉさーっと切っちゃった 此の尻尾切った こいつでもって 襷にして余ったのぁ 鉢巻にしてね

【ご隠居】あんた 猪の尻尾って 是っぱかりだよ

【弥次郎】それが掴まってる内に 段々伸びて来た

【ご隠居】何だよぉ

【弥次郎】へぇ 途端にその猪の野郎が 何だい つーっと躓く途端に あたしの手が 猪の股座ぃうーっと入った ぐにゃっと触ったもん何だか知ってるかい

【ご隠居】知ら無いよぉ

【弥次郎】猪の金だよ 金 金が手の上ん乗った 成り金だ

【ご隠居】成金だぁ

【弥次郎】えー 其れから此の金ぉあたしゃぁ ぐーっと引き抜いてやったら急所だもんだからねぇ お前さん堪りませんよ ねぇ 手ぉぶるぶるぶるぶるっと 手足ぉこー震わせやがって そこぃだーんっと倒れやがった 倒れたからあたしゃぁ 此の猪の頭ぉ押さえて 此の牙ぃ手ぉ掛けて もろに突き上げたね

【ご隠居】頭ぉ押さえて 牙ぃ手ぉ掛けてって おめぇ そんな大きな三間も 在るってぇのぉ 頭ぉ押さえてって 手が届か無いよ

【弥次郎】届か無かったけどね 是があたしにやられたろぉ 是ぁ悔し紛れに 縮んだ

【ご隠居】縮んだぁ

【弥次郎】そいであたしゃぁこいつぉ こぉ差し上げてさぁ

【ご隠居】お前何だぁ 差し上げんのかい

【弥次郎】そりゃもぉ何でも在るもんぁ ええ 最近あたしゃぁ差し上げんのが 癖ん成って 何でも差し上げちゃう 差し上げ無いものぁ家賃

【ご隠居】そんなものぁ

【弥次郎】其れからあたしゃぁ こいつぉねぇ 威勢ぉ付けといて ぴゅーっと向こうぃ投げるってぇと 背骨が岩ぃぶるかるってぇと 背骨が ぽきっと折れるってぇと その威勢で腹の皮が はっと破けるてぇとね 中から しゃーっと出て来た 猪の子供がねぇ 十六匹出て来た

【ご隠居】良く判んねぇ

【弥次郎】ええ 四々が十六てぇんで

【ご隠居】何ぉ云ってんだよ

【弥次郎】へえ その お前さん 子がねぇ 親の仇ぃぃぃってんで お前さん あたしに飛び付いて来た ええ 其れぉ片っ端から 踏み殺して遣った

【ご隠居】だっておめぇ 猪の何ぉ締めて殺したんだい

【弥次郎】猪の急所 金ぉ締めまして殺した猪ですよ 其れが

【ご隠居】だって腹が破れて 子供が出て来るたぁ おかしいぢゃ無ぇか

【弥次郎】あぁそぉかぁ

【ご隠居】何だよそりゃ 男の腹から 子が出無ぇよ

【弥次郎】いや 其処が畜生の浅ましさってんで 其れからあたしゃまぁ 此の猪ぉ殺して ありがてぇと思ってたら だーっと又向こうが成って来たから こやって見るてぇと 大きな熊ぁ あたしの前ぇ ぐーって飛び付いて来た  ええ こぉら熊公てめぇ 何処から出て来やがったぁ ってとね 早稲田の方 から来ましたって 大隈ですって

【ご隠居】ふざけんな

【弥次郎】ねぇ もぉお前さん しょぉが無いよ うん ひょいと向こうぉ見るてぇと 大きな うわばみが口ぉ開けやがって 今度ぁ あたしぉ飲もぉてんだよ ねぇ うわばみったら うわでばもうってんだ 是 逃げたって うわばみぢゃぁ もぉ しょぉがありませんからねぇ うわばみの口ん中ぇ ざーっと 飛び込んだ へ 奴が こぉ噛もぉとする中ぇ たっと腹ぃ滑り込ん ぢゃって 野郎うーって噛んでる内に 腹の中ぉたーって駆け出したらうわばみの腹って 割り合いに広いもんですよ どんどんどんどん 駆けてる内に 段々段々明るく成って来たんで うわばみぃ尻の穴から あっしゃぁすーっと

【ご隠居】出ちゃった 良かったねぇ

【弥次郎】そしたら うわばみが悔そぉな顔してねぇ ああ 猿股穿いときゃ良かったって

[出典:http://kinbeikyoya.blog.fc2.com/blog-entry-99.html]

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