ある男が相撲に出てみないかと勧められて、オレは大関だと豪語している。
こういうのに強い奴はいたためしがなく、この間、若い衆とけんかをしてぶん投げたと言うから
「病人じゃなかったのか」
「ばかにするねえ」
「血気の若えもんだ」
「いくつくらいの?」
「七つが頭ぐれえで」
こういう手合いばかりだから、いざ本番で少しでも大きくて強そうな奴が相手だと、尻込みして逃げてしまう。
「向こうはばかに大きいからイヤだ」
「本場所は小さい者が大きい者と取るじゃねえか」
「おやじの遺言で、けがするのは親不孝だから、大きい奴と取ったら草葉の陰から勘当だと言われてる」
「てめえのおやじはあそこで見てるじゃねえか」
「なに、ゆくゆくは死ぬからそのつもりだ」
与太郎も土俵に上がれとけしかけられるが、伯母さんから、相撲を取ってけがしたら小遣いをあげないと言われてるんで、いいか悪いか横浜まで電報を打って、とひどいもの。
そこに、やけに小さいのが来て、私が取ると言うので
「おい、子供はだめだ」
「あたしは二十三です」
どうしても、と言うから、しかたなくマワシを付けさせて土俵に上げると、その男、大男の前袋にぶら下がったりしてチョロチョロ動いて翻弄し、引き落としで転がしてしまう。
「それ見ろ。小さいのが勝った。煙草入れをやれ、紙入れも投げろ。羽織も放っちまえ」
「おい、人のを放っちゃいけねえ。てめえのをやれ」
「しみったれめ」
「おまえがしみったれだ、しかし強いねえ。あれは誰が知っているかい?」
「あれは勧工場の商人だ」
「道理で負けないわけだ」
※勧工場(かんこうじょう)
明治・大正時代、一つの建物の中に多くの店が入り、いろいろな商品を即売した所。デパートの進出により衰えた。明治11年(1878)東京にできた第一勧工場が最初。勧商場。
※志ん生:サゲ
「あいつは、誰だ。いやに押しが強いね」
「強いはずだ、漬物屋のせがれだ」
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