祇園祭/祇園会
江戸っ子の男が京見物に出かける。仲間と一緒に伊勢参りから京都へ回ったものの、遊びすぎて金が尽き、仲間は先に江戸へ帰ってしまう。残った男は、京都にいる叔父を頼って祇園祭を見物することになる。
祇園の茶屋で祭を楽しんでいると、そこに京者が現れる。この京者が、ことあるごとに京都の自慢を始める。京都は王城の地であり、日本一の土地だという調子で、江戸を見下すようなことまで言う。
最初は我慢していた江戸っ子も、京者の鼻につく言い方にだんだん腹を立てる。とくに、江戸を「むさい国のヘド」などと茶化されて、ついに堪忍袋の緒が切れる。
この噺の中心は、事件そのものよりも、江戸っ子の短気さと、京者のいけ好かない上品ぶった物言いの対比にある。『祇園会』は別題で『祇園祭』『京見物』とも呼ばれ、京者と江戸っ子の言葉の違い、祭囃子の口演などが聴きどころになる。
鰻の幇間
主人公は、一八という売れない幇間。幇間とは、宴席で客を持ち上げたり、場を盛り上げたりして食っている太鼓持ちのこと。暑い夏の日、一八は客にありつこうとして町をうろついている。
そこへ、どこか金のありそうな旦那風の男が通りかかる。一八は知り合いのふりをして声をかけ、相手に取り入ろうとする。相手も曖昧に受け答えするので、一八は「これは脈がある」と思い込む。
男は一八を鰻屋へ連れていく。一八はうまくごちそうにありつけたと喜び、調子よく男を持ち上げる。ところが、男は途中で姿を消してしまう。残された一八は、食い逃げの片棒を担がされたような形になる。
店の者に問い詰められた一八は、自分が旦那の客ではなく、むしろ勝手についてきただけの立場だったことを思い知らされる。オチは、旦那の履物を持っていったのかと聞かれた店の者が、「お供さんが履いてまいりました」というもの。つまり、一八は旦那の連れどころか、履物まで利用されていた。
笑えるが、後味には幇間の哀れさが残る噺。人に取り入って食う商売の弱さ、見栄、空腹、抜け目なさが、全部ひっくり返される。
大工調べ
大工の与太郎は、明日から大きな仕事に入るというのに、肝心の大工道具を大家に取り上げられてしまう。理由は家賃の滞納。大家は、たまった家賃一両八百文のかたに道具箱を押さえている。
困った与太郎は、棟梁の政五郎に相談する。政五郎は職人肌の親方で、与太郎のために一両を用意し、残りの八百文はあとで払うから道具を返してくれと大家へ掛け合う。
ところが大家は、びた一文まけない。政五郎が頭を下げても聞かない。やがて話はこじれ、政五郎は江戸っ子らしい啖呵を切ってしまう。ここが前半の大きな見せ場。政五郎の威勢のよさと、与太郎の間の抜けた受け答えで笑わせる。
後半では、話が奉行所に持ち込まれる。奉行は事情を聞き、与太郎に有利な裁きをしようとするが、与太郎が妙に正直な証言をしてしまい、かえって不利になる。とはいえ、最終的には奉行の機転で、大家の強欲さが浮き彫りになり、道具は返される流れになる。
この噺は、単なる家賃トラブルではない。職人にとって道具は命であり、それを押さえられた大工を、棟梁が体を張って助ける話である。政五郎の啖呵、与太郎の抜けた正直さ、大家の強情、奉行の裁きが噺の柱になる。


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