『本当に欲しい人』発売。削除できないコメントから始まる、静かな現代怪談
新作Kindle『本当に欲しい人』を公開しました。
サブタイトルは「モノバコに届いた、削除できないコメント」。フリマアプリ、遺品整理、推し活、コメント欄、匿名の正義を背景にした現代怪談です。

物語は、亡くなった義姉の遺品整理から始まります。家族の誰も価値を知らず、処分されるはずだった会報とフォトアルバム。主人公はそれを「欲しい人がいるかもしれない」と思い、フリマアプリに出品します。
そこに届くのが、ひとつのコメントです。
本当に欲しい人に、譲ってください
この一文は、乱暴な言葉ではありません。むしろ、親切にも、正義にも聞こえます。本当に大切にしてくれる人へ渡してほしい。そう言っているだけのようにも読めます。
けれど、読み返しているうちに、少しずつ違和感が出てきます。
「本当に欲しい人」とは誰なのか。なぜ、いま出品している主人公は、その人ではないと決められているのか。名前も顔もない誰かのために、目の前の誰かを裁くことができてしまう。その怖さが、この物語の中心にあります。
出品ページには、別々のアカウントから同じ文面が届き始めます。名前も違う。アイコンも違う。それなのに、言葉だけは一字も違わない。読点の位置まで同じです。
最初は、ただのコピペに見えるかもしれません。どこかで晒されたのかもしれない。熱心なファンの呼びかけかもしれない。ボットかもしれない。アプリの不具合かもしれない。
本作では、怪異の正体を早い段階で断定しません。はっきりした幽霊が出てくるわけでも、怪物が襲ってくるわけでもありません。スマホの通知、消したはずのコメント、古いブログ、暗い廊下。日常の中にあるものが、少しずつ逃げ場のないものへ変わっていきます。
今回描きたかったのは、「好き」が正義の顔をした執着に変わる瞬間です。
好きなものを守りたい。本当に大切にしてくれる人に渡ってほしい。その気持ち自体は、悪いものではありません。何かを集めたことがある人なら、人から見ればただの紙や物でも、本人にとっては簡単に捨てられないものがあると分かるはずです。
ただ、その気持ちが「正しいこと」に変わったとき、言葉は急に硬くなります。自分は誰かのために言っている。正しい側にいる。そう思った瞬間、目の前の相手を責めることにもためらいがなくなる。
ネット上では、そうした声が群れになることがあります。直接書き込まなくても、いいねを押す。引用を眺める。心の中で「これは叩かれても仕方ない」と思う。その小さな反応が集まると、ひとつの大きな声に見えてしまう。
『本当に欲しい人』は、その声の怖さを、怪談の形で描いた作品です。
派手な心霊現象よりも、スマホの通知欄に残る違和感が怖い。匿名のコメント欄に、日常が少しずつ侵食されていく話が好き。そんな方に読んでいただきたい短編です。
作品ページはこちらです。
制作意図をもう少し詳しく知りたい方は、noteの紹介記事もあわせてご覧ください。
文責:ライターズラボ編集部(2026年06月06日(土)執筆)



コメント