柳田格之進(やなぎだかくのしん)は落語の演目の一つ。「柳田角之進」とも書く。
あらすじ
柳田格之進は、生来の正直さが災いして主家から放逐される。
その後、妻に先立たれ娘のおきぬとともに浅草阿部川町の裏店に逼塞している。
今日の米にも困る暮しぶりだが、そんな中にあっても武士の誇りを捨てない実直な人柄は少しも変わることはない。
彼を慕う浅草馬道一丁目の両替商、万屋源兵衛とともに碁を打ち酒を酌み交わすのが、ただ一つの楽しみである。
8月15日の夜、格之進は万屋宅で月見の宴を張り、離れ座敷で碁を打つが、格之進の帰宅後50両の金子が紛失する。
源兵衛は「あのお方に限ってそんなことはない。ましてや、かりにそうあっても柳田様には仔細あってのこと。」と気に留めない。
だが番頭の徳兵衛は主人への忠義立てとばかりに格之進宅を訪れことの真偽を糺す。
「いやしくも身共は武士、何ゆえあってかような疑いをかけるか。」
と激する格之進であったが、
「さようなれば致し方ございません。もはやこちらからお訊ねいたしませんが、何しろ五十の大金でございます。お上の方でも御取調べに相成りまする。」
との徳兵衛の言葉に、武士の誇りが傷つくことを恐れ、
「是非もない。金子はこちらのあずかり知らぬことではあるが、紛失した場に身共がいたことがわが身の不運。…よし、明日金子用立てる。」
と約束して番頭を帰す。
格之進は自害するつもりで、おきぬにそれとなく別れを告げるが、
「お父上、されば、わたくしが苦界に身を沈め、その大金を用立てます。私との親子の縁を切ればよいことなれば、どうかご生害をおやめくださいまし。」
と懸命に説得される。
格之進は断腸の思いで娘を吉原に売り、翌日徳兵衛に五十両手渡す。
だが、柳田は「ただし、番頭。もし金子が出てきたら、その方の首をもらうが、よいか。」
「へい、よろしゅうございます。」と番頭に約束させる。
それを聞いた源兵衛
「なんてことを…。番頭、あたしはね、そんな金子ぐらい、わたしの小遣いと思えばいいんだって言ったじゃないか。そんなことしでかしては、柳田様に申し訳が立たない。いらざる忠義立てだ。主思いの主倒しとはお前のことだ。」
と徳兵衛を叱り飛ばし、急ぎ謝罪に行くが、すでに格之進は家を引き払っていた。
さて、年末のすす払いで、金子が離れ座敷から見つかる。源兵衛が小用に立つとき何気なく欄間の額の裏に納していたのが、折からの格之進との碁の勝負で失念していたのであった。
驚愕した源兵衛は「ああ。柳田様に申し訳が立たない。」と店の者に格之進の行方を捜させる。
だが、すでに柳田は家を立ち退いてしまいその行方は杳として分からない。
年が明けて正月の4日、徳兵衛は年始回りの帰りに、湯島天神の切通しで、身なりの立派な武士から「これ、そこに居るは浅草馬道一丁目の万屋源兵衛のご番頭とみたが、」と声をかけられる。
「へい。仰せの通り、手前は浅草馬道一丁目、万屋源兵衛の番頭、徳兵衛でございます。して、あなたはどちらさまで。」
「柳田格之進じゃ。」
「あっ!柳田様でいらっしゃいますか。これは、お見それをいたしました。御無沙汰をしております。…それにしてもご立派なお姿になられて。」
聞けば、格之進は主家の帰参が叶い、今や江戸留守居役に出世したのであった。
「どうじゃ。一献傾けぬか。」と誘われるまま傍の茶屋に行くが、番頭は、以前のことがあるので針の筵である。
ついに番頭は涙ながらに粗忽を詫び金子発見を告白、約束通り私の首を差し上げると告げる。
格之進はからからと笑い、
「さようか。ウム。しからば明日そちらに伺う。番頭、首をようく洗っておれ。」と言い捨てて去る。
翌日、格之進は万屋に赴く。
源兵衛が飛んできて、「ああ、これは「柳田様!久しくお目にかかりませんで。」
「おお、主か。久方ぶりじゃ。」
「見ればご立派なお姿になられて、・・・仔細は番頭から聞きいております。まずはこちらへ。」
と、奥座敷に通したうえで源兵衛は、徳兵衛を去らせ、すべての責を負わんとばかり、
「柳田様、このたびの不始末はみなわたくし、主人の誤ちでございます。疑ったのは番頭ではございません。わたくしが柳田様のもとに行けと申しましてございます。番頭はまだ若うございます。斬るのならこの、源兵衛をお斬りください。」
と泣いてわびる所へ徳兵衛が
「旦那様!」と入ってくる。
「番頭!なぜ。居るんだ。いいから黙ってろ!」
「いいえ、とんでもございません。もし柳田様!旦那様は何もご存じございません!私をお斬りくださいまし!」
「いいえ、この私から。」と互いにかばい合う。
「もうよい!両名ともそこに直れ!」格之進は来国次の長刀を抜いて、気合いもろとも床の間の碁盤を真二つに切る。
これはと驚く二人に
「身共とて、娘への面目なさに斬らんとしたが、其方らの情けに打たれ、斬ることが出来ぬ。」
「して、お嬢様はいかがなされました。」
「それが…」と、格之進は娘の犠牲で金子を工面したことを告げる。
驚いた万屋はいそぎお染を身請けし、お染も「父上がよろしればわたくしは何も申すことはございません。」と万屋を許す。
格之進はもとどおりに万屋と交誼を結び、おきぬは徳兵衛と夫婦になり、できた男子に柳田家の跡目を相続させる。
概略
誇り高い武士の生きざまを描いた人情噺の傑作である。
講釈ネタであったのを落語に移し替えた。
三代目春風亭柳枝が得意とした。
近年では五代目古今亭志ん生、そして子息の十代目金原亭馬生、三代目古今亭志ん朝の得意ネタであった。
ただし、登場人物の名前、主人公の境遇背景などは親子によって若干の相違がある。
また演者によっては、柳田が碁盤を切る場面で「番頭の責が主人にあるとするなら事の起こりはこの碁盤である」と言って碁盤を切る、と演じることもある。
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