更新履歴
2026年05月26日(火):演者情報を最新状況に更新
鮑のし(あわびのし)は、古典落語の演目の一つ。『鮑貝(あわびがい)』『祝いのし』とも呼ばれる。
概要
主人公が祝儀にアワビを持参したことで起こる騒動を描く滑稽噺。元々は上方落語の演目で、2代目および3代目桂春團治の口演が広く知られる(3代目は2016年1月9日没)。東京では5代目古今亭志ん生(1973年没)、10代目金原亭馬生(1982年没)、林家木久扇らによって演じられてきた。
あらすじ
甚兵衛(上方では喜六)はついでに生きているようなおめでたい男。今日も「お城の堀に乙姫様が現れる」とだまされ、仕事を放り出して堀の前で過ごすほどで、稼ぎが一銭もなく飯も食えない。
腹を減らして家に帰り、妻に「何か食わしてくれ」とせがむと、「おまんまが食いたかったら佐々木さんちで五十銭借りてきな」と言われる。甚兵衛は以前断られた経験があって不安に思うが、「ウチのかみさんが借りるんです」と伝えると、今度はすんなり貸してもらえた。納得しかねたまま帰ると、今度は「魚屋で鯛の尾頭付きを買って来い」と命じられる。
「今日、大家さんの息子さんが嫁を迎える。そのお祝いに尾頭付きを持って行けば、お返しに一円ほどくれるだろうから、その金で米を買って飯を食わせてやる」
ところが魚屋に行くと鯛は五円するので買えない。仕方なくアワビ三杯を五十銭で買ってきた。妻は渋い顔をしたが諦め、大家のところで言う口上を覚えさせて送り出す。
「こんちはいいお天気でございます。承りますれば、お宅さまの若だんなさまにお嫁御さまがおいでになるそうで、おめでとうございます。いずれ長屋からつなぎが参りますけれど、これはそのほかでございます」
「つなぎ」を強調して何とか金をもらって来い、と妻は必死に口上を覚えさせた。
大家に会うなり甚兵衛はいきなり大声で「一円くれ!」。その後「こんちは」を連発したり、「承りますれば」を「ウケマタマタガレ」と言い間違えたりしながらも何とか口上を言いきってアワビを差し出した。が、大家は怒って受け取れないと言い出す。
「アワビはな、またの名を『片貝』ともいい、縁起の悪い貝なんだ。『磯の鮑の片思い』という言葉もある。うちの息子を別れさせたいのか」
甚兵衛はアワビを投げつけられ追い出された。すごすご帰る途中で親分と会い、話を聞いた親分は意趣返しの知恵を授ける。
「祝い物には『のし』ってやつが付いているだろう、あれの原料はアワビなんだよ。伊勢の海女が深い海に潜り、命からがら取ってきたアワビをムシロに並べて、それを仲のいい夫婦の布団の下に一晩敷いて、のしに仕上げるのだ。そんなめでたいアワビをなんで受け取らないのだ!! そう言って怒鳴り込んでやれ。土足で座敷に駆け上がって、クルッと尻をまくってやれ!」
「今、ふんどし締めてねぇ」
親分はさらに続ける。「あの大家の事だから、ついでにこんな質問をしてくるだろう。『アワビの代用に、仮名で、のし、とつながった形で書いたやつがあるが、あれは何だ?』と聞いてくるだろうから、こう言ってやれ。『あれはアワビのむきかけです』ってな」
知恵をつけられた甚兵衛は激しい勢いで大家宅へ突入。土足で座敷に上がり込み、
「クルッと尻をまくってやりたいところだが、事情があって今日はできねぇ。よく聞けェ」
所々つっかえながらも何とかのしの由来を言いきった甚兵衛。感心した大家は「もう一円上げるから、ついでに……」と親分の予想通りの質問をし、甚兵衛はひるまず答えた。
「なるほど。じゃあ今度は二円あげるから、もう一つ。一本杖をついたような『乃し』と書かれたのがあるが、あれは一体何だ」
「えっ、あの、それは……。ああ、アワビのお爺さんでしょう」
解説
サゲの原話は米沢彦八が1703年(元禄16年)に出版した『軽口御前男』第1巻11話「見立ての文字」。「せむしなる人」が煙管で煙草を吸っていると、友人が「その姿はまるで杖突きの乃の字だ」とからかう。怒って煙管を小脇にかい込むと「それでは『及』という字だ」とさらにからかわれる。
バリエーション
上方では大家の質問と主人公の解答がもう少し長く、「生貝をひっくり返してみなはれ。裏は『乃し』の形になっている」「ほんなら『たすきのし』(松葉のし)は?」「生貝のヒモ」と親方に教わった通りに答えるが、「ほんなら片仮名のような、省略した、チョイチョイとしたやつは?」「それは……釜に入れて蒸す時にアワビがぼやく音」と苦し紛れの返答をして「貝がぼやくか」「他の貝なら口を開いてしまうので」というサゲにしている。
『乃し』のサゲが時代とともにわかりにくくなったため、5代目志ん生は「クルッと尻をまくってやりたいところだが、事情があって今日はできねぇ」の箇所で終わらせた。
2代目春團治は、冒頭で主人公が「あのー。向かいのねえハン。うちの嬶(かか)、あんたとこ来てまへんか」と女房を大声で探し歩いて逆に「あほ! 大きな声で『うちの嬶アー、嬶、嬶』て、我(わ)が嬶売りに歩いてんのか!」と叱られる。この演出は3代目にも伝わっている。
3代目春團治(2016年没)の演出では、ふんどしのない甚兵衛が構わず尻をまくり、「いよっと。おら糞ったれめが、……ええ、ホンマむかつくなあ。腹が減ってるさかい、何も出えへんがな」と悔しがる。
文責:ライターズラボ編集部(2026年05月26日(火)23:36執筆)


コメント