池上彰の提言:なぜ世界から戦争がなくならないのか?
戦争がなくならない理由 戦争というビッグビジネス
戦争によってお金が動き、潤う企業があります。
そもそも、戦争するのは「軍隊」、軍隊が使うのは「武器」、そして、武器を造るのは「企業」。
武器など、軍に関わるものを造り、それを売って利益を得る、そういう産業を「軍需産業」と呼びます。
パッと思い浮かぶものと言えば……
【軍艦】【戦闘機】【戦車】【銃器】【弾薬】【ミサイル】
これ以外にも、こういうものを造っています。
【軍用食】【軍服】【フェイスペイント】【人工衛星】
軍用食は、普段の訓練の時も持ち歩きます。
人工衛星は、軍事衛星です。
フェイスペイントは、ジャングルでの戦闘に、周りの景色に合わせて顔を迷彩にします。
世界各国の軍事費
2014年の軍事費では、アメリカが73兆円でトップ。
2位・中国は26兆円、3位・ロシアは10兆円、4位・サウジアラビアは9.7兆円、5位・フランスは7.5兆円、6位・イギリスは7.3兆円、7位・インドは6兆円、8位・ドイツは5.6兆円、9位・日本は5.5兆円、10位・韓国は4.4兆円。
アメリカは、2位・中国の約3倍、さらには、3位から10位までを合計した数字よりも多い額です。
アメリカの軍需産業
アメリカ国防総省が直接契約した軍需企業(2010~2014年)は、延べ14万社。
さらに、それぞれ下請けの企業がたくさんあるので、実際にははるかに多いです。
アメリカ・軍事関連企業上位5社(2014年)
順位・企業名・兵器売上額・主な製品・総売上額中の兵器の割合
1位 ロッキード・マーティン 約4兆5000億円(約375億ドル) ステルス戦闘機 82%
2位 ボーイング 約3兆4000億円(283億円ドル) V-22オスプレイ 31%
3位 レイオセン 約2兆6000億円(約214億ドル)
4位 ノースロップ・グラマン 約2兆4000億円(約197億ドル)
5位 ゼネラル・ダイナミクス 約2兆2000億円(186億ドル)
もし、兵器の需要が無くなると、多くの人が失業し、景気が悪化してしまいます。
しかし、戦争があると、それだけ武器の需要が高まるので、戦争はビッグビジネスなのです。
世界で一番使われた銃 その理由
ロシアには「世界で最も多く使われた」ギネス世界記録を持つ武器があります。
それを造ったロシアの会社が「イジェフスク機械製作工場」。
そこで造られたのが「カラシニコフ銃」です。
ミハイル・カラシニコフという人が設計したので、カラシニコフ銃と言います。
過激派組織「アルカイダ」の指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者が、カラシニコフ銃を好んで使用していたことでも知られています。
この工場で生まれた「ヒット商品」、「世界で最も多く使われた」ギネス世界記録を持つ銃、それが「カラシニコフ AK-47」です。
1948年に製造開始し、その後、大量生産するための改良型「AKM」を含め、通称「AK-47」として世界に広まりました。
そして現在、過激派組織「イスラム国」の戦闘員が、テロや戦闘の最前線で使っているのが、AK-47。
2015年11月に起きた、パリの同時多発テロでもAK-47が使用されたと報道がありました。
ではなぜ、これほどまでに世界に広まったのでしょうか?
AK-47が広まった3つの主な理由
①壊れにくい
AK-47が製造される以前の銃は、「いかに精密に作るか」を重視していました。
しかし、AK-47は、砂が入っても作動するように、隙間だらけに造られています。
②扱いやすい
子どもや女性、識字率の低い人でも、すぐに使い方を覚えられる扱いやすさが、世界中に広まった理由なのです。
③安い
平均価格は約4万8000円(約400ドル)。
アフリカのある国では、約1450円(12ドル)から売られています。
安さの理由は、東西冷戦中、旧ソ連や東ヨーロッパ諸国で大量に備蓄されていたAK-47が、冷戦終結後、闇市などを通じて紛争地域に出回ったためと言われています。
そんなヒット商品を産んだロシアの会社の2014年の売り上げは、銃だけで約14万丁、約55億円にもなります。
軍需産業は銃だけではない
アメリカ・ノースカロライナ州アシュボロ市、人口約2万5000人という小さな街に、「フォックス・アパレル社」という会社があります。
国防総省からの発注を受け、海外派遣される兵士の戦闘服を、月に3万着作っています。
海外派遣される陸軍兵士用のズボンのほとんどを、この工場で製造しています。
元々は、1979年にジーンズメーカーとして設立されました。
今でも、同じ工場内でジーンズの製造を行っています。
2008年に国の公募で落札し、陸軍兵士用ズボンの生産を開始しました。
工場全体の売り上げの65%が、陸軍兵士用のズボンです。
従業員は約230人、ほとんどが、この街に住む女性たちです。
軍隊が戦地に行けば行くほど、彼女たちの仕事は増えるわけです。
民間軍事会社
民間軍事会社とは、民間が設立した戦闘要員と警備員の派遣会社です。
戦地での要人警護や、各国の大使館の警備を請け負う会社です。
戦争のノウハウを知っている元軍人が多くいます。
イラク戦争時(2000年代初頭)には、アメリカだけでも約35社、全世界に300社以上ありました。
民間軍事会社は、戦地では基本的に、正規軍と同じような迷彩服を着てはいけない決まりがあります。
迷彩服を着ると、非戦闘員ということにならず、戦闘員とみなされ、ジュネーブ条約による「非戦闘員(民間人)は保護しなければならない」という国際的なルールによる保護適用外になるからです。
民間軍事会社の市場規模は、推定で数千億~12兆円(数十億~1000億ドル)(2015年4月14日付ニューヨーク・タイムズ紙)
つまり戦争が起きれば、これだけのお金が動くということです。
アメリカ陸軍下士官の日給が約2万円なのに対し、民間軍事会社の戦闘要員の日給は約15万円弱。
20日間働けば300万円になります。
これだけのお金がかかるのに、何故国は民間軍事会社を使うのか?
それは、国にメリットがあるからなのです。
もし、戦地で亡くなったり、負傷してしまった場合、「正式な戦死者・戦傷病者として扱わない」。
兵士が大勢死ぬと、政府や大統領は批判されますが、民間軍事会社の戦闘員がいくら死んでも兵士ではないので、世論から批判されにくいということです。
国の軍人に政府が支払った補償金は、2013年で約6兆4800億円(540億ドル)でした。
民間軍事会社の人間には、一切このお金を払う必要がないのです。
長期的に見れば、この方が安上がりだということです。
このように、かつては軍が担っていた業務を、民間人や民間企業が肩代わりすることを、「戦争の民営化」と呼びます。
「国同士の争い事であることを、コスト削減のために民間に委ねていいのか」ということが問題視されています。
広告代理店
「戦争のPRをすること」をビッグビジネスにしている広告代理店もあります。
1990年の湾岸戦争の時に、アメリカの広告代理店「ヒルアンドノウルトン」社が、”クウェートのある団体”から、ある注文を受けました。
その目的は、「アメリカ世論を湾岸戦争に誘導してほしい」
1990年8月2日、イラクが「石油資源獲得のため」、クウェートを一方的に侵攻しました。
小さな国クウェートは、世界の大国アメリカに助けを求めたいと思い、アメリカの世論の関心を集めようとします。
クウェート侵攻から数日後、ヒルアンドノウルトンに、「自由クウェートのための市民」という団体から、ある発注がありました。
それが、「クウェートへの同情を集め、米軍の軍事介入を促してほしい」
民間の団体のように装っていますが、資金の大部分はクウェート政府が出していると言われています。
ヒルアンドノウルトンが世論調査をした結果、アメリカ国民が「クウェートに対するイラクの残虐行為」に不安を感じていることがわかりました。
ヒルアンドノウルトンは、世論の不安をあおるため、クウェートから脱出してきた人たちを、議会の公聴会に呼び、証言させました。
その時に証言した一人が、「ナイラ」さん、当時15歳。
1990年10月10日、アメリカ議会下院 人権委員会 公聴会で、ナイラさんが証言した内容は以下の通りです。
侵攻の2週間後、私は病院で12人の女性とボランティアをしていました。
そこにいた時、イラク兵が拳銃を持って入ってくるのを見ました。
彼らは、保育器の中から赤ちゃんを取り出して、保育器を奪いました。
赤ちゃんたちは、冷たい床に置き去りにされ、亡くなりました。
それは恐ろしい光景でした。
イラクの兵士の残虐性を、涙ながらに語りました。
翌日の新聞では、こぞってイラクの残虐行為に対する記事が出ました。
さらに日本でも報道されました。
当時のブッシュ大統領は、40日間に10回以上もこの発言を引用して演説しています。
ナイラ証言からおよそ3ヶ月後の1991年1月、アメリカは湾岸戦争への軍事介入へと動き、広告代理店のミッションは成功しました。
この結果、ヒルアンドノウルトン社は、約14億円(約1200万ドル)の報酬を得ました。
しかし、ナイラ証言から約2年後、ニューヨーク・タイムズ紙のスクープで、大変な事が発覚します。
ナイラ証言はウソだった!
1992年1月6日付のニューヨーク・タイムズ紙には、「ナイラ証言はウソだった」との記事が。
実は、ナイラさんは、在米クウェート大使の一人娘でアメリカ育ち、クウェートには行ったことすらなかった。
さらには、「イラク兵が病院の赤ん坊を殺した」という事実はウソ!
全部ウソだったことが明らかになりました。
この記事を書いたジョン・マッカーサー氏は、ヒルアンドノウルトン社にクウェートから依頼したのではなく、アメリカ政府がクウェート側に、「君たちには広告担当が必要だ」と提案したのだろう、クウェート主導ではなく、ホワイトハウスが主導したのだと考えているそうです。
ホワイトハウスがヒルアンドノウルトンをクウェートに勧めたのでした。
マッカーサー氏による、ナイラさんの正体を暴いた記事は、1993年優れた論説に送られる「メンケン賞」を受賞しました。
軍産複合体
軍からは、軍需産業に武器などを発注します。
そして、軍需産業からは、軍関係者の再就職先の提供などの利益供与が起きます。
さらには、軍需産業から政治家に、献金や集票が提供され、政治家からは軍に予算が与えられ、軍は軍需産業に発注するという構造です。
これが、「軍産複合体という癒着構造」です。
戦争がなくならない理由の一つになっています。
軍産複合体ではないか?と批判されているアメリカの「ハリバートン」社は、国防総省と契約して、油田の掘削や戦地にある油田の修復など、幅広い事業を展開しています。
かつて、ディック・チェイニー氏が、ハリバートン社のCEO(トップ)を務めていました。
チェイニー氏は、ハリバートン社のCEOになる前は、ブッシュ政権での国防長官を務めていました。
湾岸戦争時、軍需産業に発注する責任者でした。
その後、ハリバートン社のCEOから、副大統領に就任しています。
そして、チェイニー氏が副大統領時代にイラク戦争が起きて、ハリバートン社は約8400億円(70億ドル)の契約を受注しています。
防衛装備移転三原則
2014年4月1日に定められた「防衛装備移転三原則」という政策。
この政策によって、日本も武器輸出をできるようになり、市場を他国と競合することになると池上さんは言います。
防衛装備とは、「軍隊が戦闘に使用する武器及び技術」のこと、わかりやすく言うと「軍需品」。
武器や輸送機だけでなく、隊員の食料や戦闘服なども含まれます。
そもそも、自衛隊は軍隊ではないので、自衛隊が使うのは「武器」ではなく「防衛装備」。
移転とは、「権利が移る」こと。要するに、「他の国に輸出できます」ということ。
「防衛装備をよその国に輸出できます」という意味になります。
日本には、「武器輸出三原則」という、対象地域に武器輸出を認めないという政策がありました。
日本で造った防衛装備(武器)は、海外に輸出しないという三原則をずっと守ってきました。
「武器輸出三原則」の主な理由としては、人工衛星打ち上げなど、科学研究目的のロケットの軍事転用(ミサイル)を懸念してです。
「武器輸出をしてはいけない」というイメージが国民に定着しているため、「防衛装備を移転する」という言い方に変えたのです。
防衛装備移転三原則の主な内容
- 紛争当事国などに該当しない(戦争している国ではない)
- 我が国の安全保障に資すると判断できる(日本の友好国なら日本のためになる、たとえばアメリカやオーストラリアなど)
- 目的外使用や第三国移転をしないと相手国が約束した
今までは「輸出禁止」の原則だったのが、これからは「輸出可能」の原則に変わりました。
経団連からの提言
尖閣諸島や北朝鮮のミサイルの脅威など、日本を取り巻く環境が変わったこと、米英豪との結びつきの強化、輸出を求める他国の声などの他に、経団連の提言がありました。
その理由は……
「国内への投資により開発、生産を行うことは、国内産業の発展・経済成長につながる」
「防衛技術・生産基盤の意義は、多岐に渡る基盤の維持・強化は、国民の安全・安心を確保するため国として重大な責務である」
どういう企業が防衛装備の海外輸出に参加していくのか……
売り上げ1位の三菱重工業は、陸上自衛隊10式戦車、海上自衛隊 護衛艦「あきづき」など。
2位の川崎重工業は、海上自衛隊 潜水艦用発電機、海上自衛隊 固定翼哨戒機「P-1」など。
3位の日本電気は、野外通信システム、管制レーダー装置など。
4位のANAホールディングスは、次期特別輸送機(政府専用機)の取得など。
今までは日本国内でやっていたものを、海外に輸出できれば、はるかにビジネスチャンスが広がります。
それを経団連が代表する形で政府に働きかけました。
これまで日本は、武器を一切輸出しませんでした。
企業は日本の自衛隊のために造っていたのですが、マーケットが小さいため、非常に単価が高いのです。
外国の兵器は世界中に売るため、大量生産するので安いのです。
これからいろんな国に出せば、単価が安くなる側面もあります。
2015年10月1日、防衛装備庁が発足しました。
これまで防衛省内に分散していた装備品に関する機能を、一元管理した、職員約1800人の庁です。
防衛装備品という名の下に、これから武器を輸出していくことを、国家戦略として進めていこうということです。
これが、安倍政権の経済戦略です。
どうやって防衛装備を売り込むのか?
2015年5月13~15日、横浜で、国内初の防衛産業の見本市「MAST Ashia 2015」が開催されました。
イギリスのイベント会社が企画して、後援は防衛省です。
国内外の政府関係者は約1000人、来場者は2000人以上でした。
国の内外100以上の民間企業や政府機関が展示に参加。
日本が今売り込もうとしているのが、川崎重工業の海上自衛隊 潜水艦「そうりゅう」型。
長距離の航行が可能で、製造価格が安く、約636億円。
アメリカ・ロシア・中国などは原子力潜水艦ですが、それを持っている国は少なく、多くの国は日本と同じディーゼル型の潜水艦です。
特にオーストラリアが欲しがっているというのが今の段階です。
「オーストラリアは、新型潜水艦の建造のため、約4兆円の契約を今年半ばにも結ぶ予定。」(今年2月1日付 産経新聞)
ほかにも、注目を集めていたのが、新明和工業が造った、海上自衛隊 救難飛行艇「US-2」。
3mの高さの波でも離着水可能で、離着水距離約300m、価格は約125億円。
2013年、太平洋をヨットで横断中に遭難した、ニュースキャスターの辛坊治郎さんを救助した飛行艇です。
こういう飛行艇は世界でも、カナダとロシアと日本でしか造られておらず、中でも日本の飛行艇は、群を抜いて性能がいいと言われています。
これは今、海上の防衛強化を考えている、インド・フィリピン・ベトナムが興味を示しています。
これらの国は、中国を意識しているからです。
日本には、武器という発想がありませんでしたが、海外からはずっと目をつけられていました。
ベトナム戦争でアメリカ軍が北ベトナムを攻撃したとき、日本の電子メーカーのカメラをアメリカが大量に買って、爆弾に使っていました。
様々な日本の技術が、実は武器に使えることを日本も知ってきて、今度は防衛装備として売れば、これは大きなビジネスになる、ということなのです。
特にアメリカは大歓迎しています。
2016年度の防衛費は、初めて5兆円を超え、過去最大になりました。
安倍総理は、「戦争を仕掛けられないようにするための抑止力」と言っています。
キーワードは「抑止力」ですが……
「どこかで戦争が起きれば日本が儲かる」ということになれば、なんか複雑な思いになりますね。(S.A)
[出典:2016年2月12日 池上彰緊急スペシャル!「なぜ世界から戦争がなくならないのか?」]
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コメント
よく戦争起こったら現代ではむしろ損になるって言うけど、中規模~小規模の戦争、紛争ならむしろ儲けが出そうな気がする…。
今のテロもまさにそれで、ある意味軍需産業には面白い話なんだろうなぁ…とかしみじみ思う。