★三遊亭圓生(六代目)水神

三遊亭圓生(六代目)

水神は、1963年(昭和38)劇作家・作詞家:菊田一夫が六代目三遊亭圓生のために書き下ろした新作落語。
1963年11月15日の芸術祭参加第53回東京落語会で初演している。

あらすじ

三廻りの縁日でございまして、大変、人が出盛っている。
銀杏の葉がもう黄色くなって、人の足下でクルクル風に回っていようと言う。
一人の三十格好の男が、ワーワー泣いている赤ん坊を抱いて、キョロキョロしている。

「どうしたんだろうなぁ。泣くな泣くな、そう泣いたってしょうがねぇよ。どこへ行きやがったんだろうなぁ、ホラホラホラ、おっぱいだよ」

人差し指を口の中へ入れた。
オフクロのお乳だか、親父の指だか、そんな事は赤ん坊は分からない、チューチュー吸い付いたんで、ところが指じゃ何んにも出てこない。
垢ぐらいのもんですから、こいつは騙されたなと気がついた時には、赤ん坊は腹を立てた。

「馬鹿にするねぇ、べらぼうめ!」

赤ん坊にも五分の魂と言う……少し違いましたか……さあ、今までとは違って、火の付く様に泣き出した。

「おお、おお。俺には乳がねぇんだからよ、我慢しろよ。ホラホラホラ」

いくら揺すぶったって、泣きやむもんじゃあない。
なにしろ汚いボロボロの袷を着た男が、赤ん坊をあやしているなんてのは、良い様じゃあない。

「ちょいとちょいと、そこの良く泣く赤ん坊を連れた兄さん」

変な呼び方があるもんで、名前が分からないから、そうとしか呼べない。
見ると、縁日の一番はずれの所に、妙な物を売っている女がいる。

取り合わせがおかしいんですね、玉子に柿に魚の干したのと言う、こいつを並べて商いをしている。
その女が他の人と違いまして、形のこしらえからして変わっている。
黒い着物に黒い羽織、黒い帯、足袋も黒い。
頭の毛も黒い、これは当たり前の話しですが。
顔だけ抜ける様に色が白い、鼻筋が通り、目元にちょっとケンがある様に思えますが、輪郭の良い美人でございます。

「どうしたんですの、子供がどうかしたの、病気なの?」

「病気じゃねぇんだよ、泣くんだよ」

「泣くって、お腹が空いているんじゃあないの?こっちへお出しなさい!」

男を叱る様にして、赤ん坊をひったくると、着物の前をはだけて、乳房を出そうとしたが、男の前だけにちょっとためらったが、そんな事も言っていられない、赤ん坊に乳を含ませると、もう、いきをきって飲み始める。

お腹がだんだん出来て来ると、息づかいも元の様になって、ツーツー吸っている。

「かわいそうに、よっぽどお腹が空いていたのねぇ。なんですか、この子のおっ母さんはどうしたんですか?」

「どうしたって……出て行っちゃったんだ。お前さんの様な働きの無ぇ、そんな男とはいっしょにいられねぇって」

「そのおかみさんは帰って来ないんですか?可哀相にねぇ、今夜はどうするんです?」

「どうするって、どうにもしようがねぇんで。この御恩は生涯忘れませんで。おかみさんは何てぇ名前なんですか、せめて名前だけでも」

「私は……あの……幸(コウ)と言うんですの」

「幸、お幸さんてんですか、名前は生涯忘れませんで。あっしはねぇ、屋根職で、杢蔵てんで」

「杢蔵、じゃ、モクさんと言うんですね」

「じゃあ、赤ん坊をこちらへ」

「こちらへったって、今夜、お乳が無ければ困るでしょ。私の所へお出でなさいな、いいえ、良いんですよ、私は一人者で心配はありませんから」

子供を渡すと、手早く店を片づけますと、連れだって女の家へ。
やって来たのは水神の森でございまして、今は狭くなりましたが、昔は、水神様の森と言うのは広かったんで。
こんな所にあったのかしらと思う小粋な家が建っている。

中へ入る、手早に夕餉の仕度をして、出してくれる。
以前、子供でもいたと見えて、小さな布団を出してくれる。

また、お腹が空くといけないてんで、また、お乳を飲ませてくれて、子供を寝かしつける。
後は二人差し向かいと言う。

どこか近づきにくい様な威厳のある女ではありますが、どこか色気もあり、そこは男と女でございます。
幸い、布団も一組しか無し。

「そろそろ寝る時刻なんですけれども、家には布団が一組しか無いんですけれど、よろしかったら、泊まって行きませんか?」

私は自分の家があるんでございますから、赤ん坊さえお世話を願えれば……
と、言えば立派なモンなんですけれどもね、たいていは言わないでしょうね。
自分の家が隣にあったって、そんな事は言わない。
赤ん坊のおかげで、親父もそこへ厄介になると言う。

「私はどうも、怠け者で」

と言うのを、女の方はいっさいかまわず、毎日、赤ん坊を連れて、縁日へ出て行きます。
蔵も仕事に出る。

俗に「トントン屋根屋」と言う、長屋などの普請の時、薄い板を屋根の上に並べまして、短く釘を口の中に含みまして、こいつを一つずつ出しては、トントン打ちつけると言う。

真面目に働けば、親方の方でもどんどん仕事をくれる。
知らず知らずのうちに、金も貯まると言う様な訳で、月日の経つのは早いもので、四年が経ちまして、ある朝、杢蔵が眼をさますと、いつもは早起きな女房がまだ寝ている、こんな事は初めてだ、俺がしっかり稼げば良いんだが、子供を育てながら、縁日へ出る、疲れているんだろうと、布団をかけ直してやろうとまくって見ると、顔はいつもの女房だが、体を見ると、水に濡れたカラスの羽根。

なんだ、こいつはカラスの化け物だ!足を上げて、蹴り殺そうとしましたが、考えてみれば、こんな良い女が俺の女房になる訳がねぇ、カラスの化け物にしろ、子供を大きくしてくれたんだ、ありがたく思わなくちゃいけねぇ、俺が黙っていれば良いんだと、そっと布団をかけ直す。

足音を忍ばせて、向こうの部屋へ行こうとする。
お前さん、と呼ばれて振り返って見る。
起きあがっている女房の姿。
やっぱりいつもの家内と違わない、どう思い直しても、これがカラスの化け物とは思えない。

「坊は良く寝ているわね……お前さん、私の姿を見たわね。正体が分かったら、こうしている訳にはいきません。私はこの水神様のお使い姫をしていた牝ガラスなんですの。神様のお使いで、霞ヶ関と言う所へ行ったのですが、途中の河原で夢中になって遊んでいたので、御用を忘れてしまい、遅くなって帰ると、神様は大変お怒りになって、お前の様な者は使い姫にしておく訳にはいかない、お前を五年の間、人間の女にするから、それを無事に勤め上げたなら、元の使い姫にしてやるとおっしゃって、三廻様の所へ、私は人間の女として立っていたんですが、元のカラスの姿になり、山の中から、主の無い柿を拾い、魚などを捕って商いをしておりましたが、そこでお前さんにお目にかかったのです。お前さんとイヤで夫婦になった訳ではない、人間と言うものは、子供を置き去りにして出ていく、なんと言う情けないものか、子供を育ててやりたいと、お前さんと夫婦になったんですが、正体を見られては、もうここにいる訳には行きません。私は元のカラスにならなければいけないの」

「良いじゃないか、見られたって、ほんのちょいと見ただけなんだから。俺はお前に惚れているんだ、後生だから、今まで通り、家にいてくれ」

「それ程に言ってくれるのは、私も嬉しい。けれども、神様との約束がございますから、私の勝手にはなりません。お前さんがそれ程、私を思ってくれるなら、これを着てくれると、私の様にカラスになれるから」

「なんだい、真っ黒な羽織の様な物。これを着るとカラスになれるのかい」

「お前さんに、カラスになれと言うのは無理かもしれない。でも、たまさか、私を思い出してくれれば良い。私は行きます」

パッと振り切る。
一陣の風がビューッと吹く。
今まであった家がかき消すごとく無くなりまして、頭の上には数十羽のカラス。
そばにいる子供はこんなに大きくなっている。
してみると夢ではない。

子供に聞いてみると、自分の家は、小梅だと言う。
子供に案内をさせて、家へ帰ると、元の家で。
家の中も片付いている。
あまりの不思議さに、隣近所に聞いてみると、おかみさんが出て行ってからは、生まれ変わった様に真面目に働き、男手一つで子供を立派に育てたと言う。

すると、あのカラスの姿は他の人には見えなかった、影になって俺のために尽くしてくれたと思うと、なおなお、恋しくなる。
だいぶ暮らし向きも良くなったと言うので、前のかみさんがひょっこり訪れる。
お前さんが働き者になったのなら、帰って来てやっても良いんだよと、勝手な事を言う元のカカァを怒鳴りつけて、追い出し、一生懸命稼いで、子供を育てる。

子供も十二になりましたので、浅草の呉服屋へ奉公に出す。
真面目に働くので、ご主人の受けも良く、年が明ける、向こうに娘がいるので、ぜひ養子に欲しいと言う。
結構な話で目出度く夫婦になる。

そうなると、親父なんてのは必要なくなるのか、行くと倅の方で良い顔をしない。
あんまりこっちへは顔を出さないでおくれ、私は養子なんだから、なんてんで、追い出される。
どこへ行くともなく、仕事に行っても張り合いはなし、秋の暮れ、真っ黒な羽織の様な物を抱えて、屋根へ上がって来た。

「もう、生きているのがイヤんなっちまった。カラスになった方が良いや。お幸や、俺は思いきってカラスになるよ。しかし、カラスになって、あいつに会えるかどうか分からないが、とにかくこいつを着てみよう」

袖に手を通してみますと、不思議とこれが羽根になりまして、見る間に大空高く舞い上がった。

「ああっ、飛べた飛べた!お幸、オコウー!」

エピソード

原作者の初案では、『元のかみさんとよりを戻し、子供が片付いてかみさんも死に、一人になる。屋根で羽織のようなものを着ると、羽根となって魂だけが飛んで行く。翌朝、普請場の下で、年老いた職人が安らかな顔で死んでいた』という内容でだった。
これでは少し噺としては寂しいので、烏になって飛び上がるところでサゲたいと思いまして、考えて、女房の名前をお幸という名にしたんです。
先の女房を家へ入れるのもやめた方がいいと思いまして、先生に伺いを立てて、「こうやりたいんですが」とお聞きしたら、「いいようにお演りなさい」とおっしゃったんで、今のように変えてやるようにいたしました。
【三遊亭圓生談】

豆知識

水神は防火の神で、飲用水や灌漑用水を司る。向島の元村社は、古くは三囲神社として名高く、宝井其角が「夕立や田を見めぐりの神ならば」という句を奉納して霊験があったと伝えられ、雨乞いの神として知られる。現在でも句碑が残っている。

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