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「私のために走ってくれた」心臓移植を待つ少女と新人ヤンキースが起こした2009年の実話|ブレッド・ガードナー #1,716-0621

感動

更新履歴
2015年12月18日(金):初投稿
2026年06月21日(日):ガードナーの引退(2021年)・現役通算成績・事実関係の再確認を反映して全面リライト。番組演出と確認できる事実を分離。

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松井秀喜も目撃した「奇跡」

松井秀喜やイチローが在籍した名門、ニューヨーク・ヤンキース。2009年11月、チームはワールドシリーズを制し、松井は日本人初のシリーズMVPに輝きました。その約半年前、ある1試合をきっかけにアメリカ中で語り継がれる出来事が起きていたことは、日本ではあまり知られていません。

当時チームメイトだった松井秀喜は、後にこの出来事をこう振り返っています。

「かなり驚きですよね。何か本当に見えない力が働いたんじゃないかなという感じはしますよね」

病院を訪れた無名の若手選手

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2009年5月15日、マンハッタンのニューヨーク・プレスビテリアン/モーガン・スタンレー小児病院を、ヤンキースのブレット・ガードナー選手が訪れました。アメリカでは、アスリートが入院中の子どもたちを励ます慈善活動が盛んに行われています。

ただ、この日のガードナーは長い下積みを経てメジャーに定着しかけたばかりの若手外野手で、子どもたちは誰も彼を知りませんでした。ガードナーは自分のことではなく、スター選手の話で場をつないだといいます。この訪問には、ベーブ・ルースの孫娘も同行していました。彼女が、かつてルースが入院中の少年に「ホームランを打ってみせる」と告げて本当に打った逸話を語ったことが、このあとの出来事の伏線になります。

そんなガードナーに心を動かされた一人の少女がいました。アリッサ・エスポジート。当時18歳で、生まれつき重い心臓病を抱えていました。治療を重ねても完治せず、心臓移植を待って入院を続けていましたが、ドナーが見つからないまま100日以上が過ぎていました(報道では待機日数を107日とも117日とも伝えています)。

「このブレスレットはお守りよ」

アリッサは、慈善団体プロジェクト・サンシャインのブレスレットをガードナーに手渡しました。

「このブレスレットを持っていれば、今夜きっとホームランを打てるわ。あなたがホームランを打ったら、わたしにも良いことが起こりそうな気がするの」

ガードナーは俊足の機動力タイプで、もともとホームランバッターではありません。当時はレギュラー争いに敗れて出場機会が少なく、いつマイナーに降格してもおかしくない立場でした。それでも彼は笑顔でブレスレットを受け取りました。後年の取材で本人は、ホームランを「約束はしていない」と明言しています。打てる保証のない約束で期待を持たせたくない、という思いがあったといいます。実際この日も、スタメンには名前がありませんでした。

突然見つかったドナー

2009年5月15日、ヤンキース対ミネソタ・ツインズ。この年に頂点へ立つヤンキースですが、序盤戦は調子が上がらず、この試合も相手にリードされる苦しい展開でした。アリッサは病室で観戦していましたが、ガードナーは出場していません。

試合が動き始めて間もなく、4か月以上待ち続けたドナーがついに見つかったという知らせが、アリッサのもとに届きました。

退場がもたらした出場機会

同じころ、スタジアムでも予期せぬことが起きていました。3回裏、1点ビハインドのヤンキースの攻撃で、スタメンのジョニー・デーモンがストライク判定に抗議して退場処分に。これによって、ベンチにいたガードナーがデーモンの代わりにセンターとして急きょ出場することになりました。

その事情を知らないアリッサは、手術に備えて全身麻酔の準備に入っていました。ドナーが見つかったとはいえ、移植手術にはリスクが伴います。処置室の外では両親が緊張の面持ちで待っていました。その時間帯に、ガードナーへ打席が回ってきます。

ランニングホームラン

試合は3点を追う展開。ガードナーは簡単に2ストライクまで追い込まれます。次の一球をとらえた打球は、レフトの手前へ。長打というより、流れを変えるヒットになる――誰もがそう思った瞬間でした。

打球は落下地点でイレギュラーバウンドし、外野手の脇を抜けてフェンス際へ転がっていきました。メジャー屈指の俊足にとって、これ以上ない好機です。ガードナーは全力で塁を駆け抜け、ランニングホームランを決めました。新ヤンキースタジアムでヤンキースの選手によるランニングホームランが生まれるのは、当時としては約10年ぶりの珍しい記録でした。

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松井秀喜は、間近で見たこの一打をこう語っています。

「なにか本当に、少女のパワーと言いますかね、もしくは、神様のパワーと言いますか、そういうものを感じますよね。何か宿ったんでしょうね、ガードナーの中に、その日はね」

ホームランとほぼ同じころ、アリッサの病室にもドナー決定の知らせが届いていました。両親は手術へ向かう娘に、「全部お前の言った通りになった。ガードナーが本当にホームランを打ったんだ。だからお前も絶対に良くなる」と声をかけたといいます。

アリッサのその後

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移植手術は成功しました。アリッサは手術翌日には人工呼吸器を外し、約2週間で退院しています。試合のおよそ1か月後、退院したアリッサとガードナーが多くの記者の前で再会しました。アリッサは試合の映像を見たときの気持ちをこう振り返っています。

「私のために走ってくれてるって叫んだわ。回復するように、前に進むようにって、背中を押してくれた気がしたの」

ガードナーは、このブレスレットを「幸運のお守りとして」ではなく、あの日とアリッサの勇気を思い出すよりどころとして、その後もロッカーに飾り続けたと語っています。

あれから――ガードナーの現在

ブレット・ガードナーは、2008年のデビューから2021年の引退まで14年間、一度も他球団に移ることなくヤンキース一筋でプレーしました。2009年のワールドシリーズ制覇に加え、2015年にオールスター選出、2016年にゴールドグラブ賞を受賞。通算1470安打、139本塁打、274盗塁を記録し、不屈の姿勢でファンに愛された選手でした。引退後は公の場に姿を見せず、静かに過ごしていると伝えられています。

当時18歳だったアリッサも、移植から十数年を経て大人になりました。新しい心臓とともに歩んだその後の人生は、無名の若手選手とのささやかな出会いが、ときに人を支える力になることを示しています。

(出典:2015年12月17日放送「奇跡体験!アンビリバボー」フジテレビ/CBS News、ABC7 New York、College of Charleston ほか各報道)

文責:ライターズラボ編集部(2026年06月21日(日)12:55執筆)

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