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権利・権理・通義の話

訳語の題名と開いた古い本のイラスト 雑学・豆知識
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「権利」を昔の本で探すと、「権理」「通義」、さらに「権理通義」「権義」という表記に出会います。どれも同じ読み方の誤植だと処理すると、翻訳の途中にあった工夫が見えなくなります。福沢諭吉の文章を読むと、本人が訳語の関係を説明している箇所があります。

更新履歴:2026年10月14日(水)新規作成。

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『学問のすすめ』には「権理通義」がある

『学問のすすめ』二編の説明を要約すると、暮らし向きや力の強さに違いがあっても、人が持つ「権理通義」は同等だということです。ここで福沢は、現実の境遇が全部同じであることと、人の持つ権理通義が等しいことを分けています。福沢諭吉『学問のすすめ』二編・三編(青空文庫)

続く三編には、次の説明があります。

二編にある権理通義の四字を略して、ここにはただ権義と記したり。

福沢諭吉『学問のすすめ』三編、青空文庫掲載本文

この説明のあとで、いずれも英語の「ライト」に当たると記しています。四字の「権理通義」と二字の「権義」は、少なくともこの箇所では、関係のない別々の概念として置かれているのではありません。読者に向けて、短くした呼び方だと知らせています。福沢諭吉『学問のすすめ』三編(青空文庫)

「権理」は、自分の望みだけでは説明されない

二編には、人が衣食住を満たそうとすることなどを挙げたうえで、他人の妨げをせずに、達するべき望みを達することを権理とする説明があります。これは原文を要約したものです。自分が何かを欲しがることだけで話を終えず、ほかの人との関係を含めて述べているのです。福沢諭吉『学問のすすめ』二編(青空文庫)

この一節を、今日の法律上の権利を漏れなく定義した条文として読む必要はありません。福沢が当時の読者へ、どんな言葉を使って説明したかを読むための箇所です。ここから現代の具体的な争いの結論を、そのまま引き出すこともできません。

古い訳語を読むときには、表記の違いに加えて、前後に置かれた説明を確かめると理解しやすくなります。「理」という字があるから必ず善い主張、「利」という字だから私欲、と漢字だけで判定してしまうと、書かれている内容を取り落とします。

「通義」と「権利」は、単純な交代ではない

岩谷十郎による慶應義塾大学メディアセンターの論考は、福沢の『西洋事情』に「通義」が多く現れ、『学問のすすめ』四編などには「権利」も現れると示しています。「通義」を使う福沢と「権利」を使う人々が、ずっと二つの陣営に分かれていたとする説明では足りません。岩谷十郎「デジタルで紡ぐ福澤諭吉の法のことば~権利・権理・通義」

同論考の翻訳史の説明を要約すると、「権利」は「通義」と近い時期に使われ、箕作麟祥の法律翻訳では中国語訳『万国公法』の訳例が参照されたとされています。一人の翻訳者が一語を考案し、その案だけが別の一人の案に勝って定着した、という筋に縮めるのは慎重であるべきです。岩谷十郎、慶應義塾大学『MediaNet』15(2008年10月1日)

また、岩谷が「通義」の単独使用が減る理由を考える部分は、推測であると明記されています。使用例の確認と、なぜ使わなくなったかという動機の説明は別です。本人の発言として、研究者の推測を引用しないようにします。岩谷十郎、慶應義塾大学『MediaNet』15(2008年10月1日)

昔の訳語は、前後の文章と読む

今回確認したのは、「権理通義」を「権義」と略したという福沢自身の説明と、複数の表記が著作に現れることです。日本全体で誰が最初に使ったか、なぜ最終的に「権利」が一般化したかの全過程まで、これだけで確定したわけではありません。

現代語へ直すときは、「権理通義」をひとまず権利に近い語として理解したうえで、原文の表記と説明も残すと、当時の読み手へ何を伝えようとしたかがわかります。辞書の一対一の対応だけでなく、文章の中で訳語が働くところを読む。それが、この短い説明から試せる読み方です。

参考資料

福沢諭吉『学問のすすめ』二編・三編、青空文庫掲載本文。底本は『日本の名著 33 福沢諭吉』(中央公論社、1984年)。原著は著作権保護期間満了の資料です。

岩谷十郎「デジタルで紡ぐ福澤諭吉の法のことば~権利・権理・通義」『MediaNet』15、慶應義塾大学メディアセンター、2008年10月1日。使用例と翻訳史の補助資料として参照しました。

文責:ライターズラボ編集部(2026年10月14日 09:24執筆)

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