ネタバレあり 本書の中心的な考え方と論点に触れる。
椅子を見て「座れる」とわかるとき、頭の中では何が起きているのか。佐々木正人『アフォーダンス 新しい認知の理論』は、その問いを頭の外へ広げる。知覚を考えるには、身体が動き、周囲のものと関わっている現場を見る必要がある。本書の面白さは、「どう考えるか」の前に「何を手掛かりに生きているか」を問い直すところにある。
対象は1994年刊の岩波科学ライブラリー12。2015年刊の『新版 アフォーダンス』とは章立てが異なる。このノートでは、旧版の問いに沿って、身体と環境を切り離さずに知覚を考えてみる。
椅子は、誰にとっても同じ椅子なのか
本書の考え方を、身近な椅子で考えてみたい。座面の高さを測り、材質の強度を計算してから腰を下ろす人は少ない。目の前のものは、色と形のかたまりとしてだけでなく、座れそうな場所として見えている。
ただし、同じ椅子でも小さな子どもには高すぎるかもしれない。脚を痛めた人には、深く沈む座面から立ち上がることが難しい場合もある。座れるかどうかは、物の寸法だけでも、使う人の気持ちだけでも決まらない。
アフォーダンスとは、環境が生物に与える行為の可能性のことだ。丈夫な面が身体を支えること、隙間が通り抜けを可能にすること。その可能性は、人が「そう思った」から自由に生まれるものではない。一方で、誰の身体にとっての可能性かを抜きにしても語れない。ここが、単に「使いやすいデザイン」と言い換えるだけでは残らない、本書の重要な論点だ。
頭の中だけで、知覚の説明を完結させない
本書が紹介するジェームズ・ギブソンの知覚論は、生物を環境から切り離して考えない。外から来た断片的な刺激に、頭の中で意味を貼り付ける。そんな説明だけでは、現実の場所で動き続ける身体を十分に捉えられないと考える。
旧版の目次には「情報は光の中にある」という章がある。この題は、光が人間に言葉で指示を出すという意味ではない。地面の模様、物の縁、隠れていた面の現れ方など、周囲の構造を知る手掛かりが、環境を満たす光の中にあるという考え方だ。
ここで大切なのは、脳の働きを不要とすることではなく、知覚の説明をどこまで広げるかである。身体を囲む場所や、そこから得られる情報を先に取り除いてしまえば、残った頭の中にすべての仕事を担わせることになる。本書は、その説明の始め方を問い直している。
動くことは、見たあとにする仕事なのか
机の向こうにある物が見えなければ、少し身をずらす。持ち手が隠れたカップなら、のぞく角度を変える。動きは、すでに見終わったものへの反応であるだけでなく、見るための条件をつくる。
この話は、「まず正しい情報を完成させ、そのあと行動する」という順番を揺さぶる。動くことで新しい面が見え、その情報によって動き方がまた変わる。見ることと動くことは、日常の中で行き来している。
佐々木は後年の本人インタビューでも、身体を動かすと、それまで隠れていたものが見えてくることを説明している。本書の知覚論を考える際にも、動かない目に一枚の絵が入ってくる場面だけを想定しないことが、理解の助けになる。

可能性が「ある」ことと、それを「知る」こと
アフォーダンスを、見た人の主観が作るものと考えると、気づく前には存在しないことになる。しかし、初めて訪れる場所の低い段差も、気づいた瞬間に上れる高さへ変わるわけではない。環境と身体の関係としての可能性と、その関係を見つけることは区別したい。
反対に、環境に可能性があるなら誰でもすぐに利用できる、と考えるのも早計だ。何に注意し、どの違いを見分けるかには経験が関わる。佐々木が2019年収録の講義で説明するのも、最初は漠然と捉えていたものが、次第に細かく分かれて見えてくる過程である。
この区別を置くと、「環境が教えてくれる」という表現も慎重に読める。物が答えをささやくわけではない。利用できるものが周囲にあり、その手掛かりに気づけるようになる身体がある。学習を考える場所が、頭の中の知識の量だけではなくなる。
アフォーダンスは、万能な説明になるのか
本書の魅力を認めることと、すべての問題が解けたと考えることは別である。環境が多くの可能性を含むとしても、その中から、その場に必要なものをどう見つけるのかという問いは残る。
1994年の松原仁による本書の書評は、知覚と行為の相互作用を重視する点を評価しつつ、フレーム問題がアフォーダンスの説明だけで解決するのかと疑問を示している。フレーム問題は、ここでは「いまの行動に関係することを、どう絞り込むか」という難しさとして捉えたい。
これは刊行当時の論評であり、現在の人工知能全体への結論ではない。それでも、説明の範囲を確かめるという態度は参考になる。環境との関係を重視することから、考える働きや記憶の役割をすべて消してよいとは言えない。本書は知覚を考える強い提案だが、それを万能の答えにしてしまうと、検討すべき問いまで見えなくなる。
「自分が変わればいい」だけで終わらせない
ここからは、本書の考え方を日常へ引き寄せた読み方になる。何かをうまくできないとき、注意力や意欲ばかりを疑うことがある。だが、使う物が手の届きにくい場所にあり、文字が暗くて見えず、道具の持ち方に無理があるなら、その環境も検討の対象にできる。
たとえば、作業中に何度も探す道具の置き場所を変える。よく使う物を取り出すときの姿勢を確かめる。これは本書が保証する生活改善の処方箋ではなく、身体と環境を一緒に見る考え方から生まれる問いだ。配置を変えるだけで、どんな困難も解消するわけではない。
本書から受け取りたいのは、考えずに体を動かせという命令ではない。考える主体を、机や床や道具から離れた頭だけに閉じ込めないことだ。目の前の椅子を見るとき、「これは何か」に加えて、「この身体には何ができるのか」と問う。その問いを持ったまま、いつもの部屋をもう一度見てみたい。
紹介した本と、関連する記事
佐々木正人『アフォーダンス 新しい認知の理論』
岩波書店/岩波科学ライブラリー12/1994年5月23日発売/ISBN:9784000065122。ここで紹介している購入先と書影は、この1994年版のもの。
広告・書籍紹介

概念と実験の具体例を先に知りたい場合は、ライターズラボの「アフォーダンスとは?赤ちゃんの実験でわかる体と環境の関係」へ。この読書ノートでは、そこから進んで、知覚を何の関係として説明するのかを考えた。
参照資料
書誌・旧版目次:版元ドットコム。補助資料:佐々木正人インタビュー(リクルートワークス研究所、2025年2月13日)/佐々木正人講義(2019年収録)/松原仁「本書の書評」(『人工知能学会誌』1994年9巻6号、933頁)。
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