同じ隙間でも、子どもは通れて大人は肩をひねる。同じベンチでも、大人には座る場所、幼い子にはよじ登る場所になります。アフォーダンスとは、環境が、その体にできる行為を提供すること。赤ちゃんの「崖」の実験を手掛かりに、体と環境、周囲の人の表情が行動にどう関わるのかを見ていきます。
きっかけは、武田鉄矢さんがアフォーダンスを紹介した『サン!シャイン』の公式動画です。2025年9月24日放送の内容をもとに、紹介された研究の原論文も照合しました。「体が心を動かす」という興味深い話を、実験でわかった範囲まで掘り下げてみましょう。
アフォーダンスとは?「物」と「体」を一緒に考える
アフォーダンスを考えるときは、「これは何という物か」に加えて、「この体で何ができるか」に目を向けます。平らで十分な強度がある面は、体を支える場所になり、腰を下ろせる高さなら座る場所にもなります。
心理学者ジェームズ・J・ギブソンは、環境が動物に提供する行為の可能性をアフォーダンスとして論じました。その可能性は、環境の性質と動物の体との関係で決まります。大きさだけを測っても、気持ちだけを調べても説明しきれません。[出典:ギブソン『The Ecological Approach to Visual Perception』第8章「The Theory of Affordances」(1979年)の議論の要約]
たとえば、ベンチの座面までの高さは同じでも、大人と幼児では脚の長さが違います。大人が楽に座れる場所が、幼児には手を使って登る場所になることがあります。「座れる」「登れる」という違いを、物と体の組み合わせとして捉えるのが、この考え方の面白さです。
隙間を通るとき、私たちは何を見ている?
狭い通路を抜ける直前、意識して計算するより先に肩を斜めにすることがあります。ウォーレンとワンの1987年の実験では、隙間の幅と肩幅の比に着目し、歩行中に肩を回し始める境目が調べられました。
通常の歩行条件では、その比はおよそ1.3でした。肩幅と同じ幅まで粘るのではなく、ある程度の余裕を残して動作を変えていたわけです。研究では、通れるかどうかの見積もりも、体を基準にした情報と関わっていました。[出典:Warren & Whang(1987)、実験結果の要約]
ただし、約1.3という値は、その実験の参加者と条件で得られたものです。誰にでも当てはまる安全基準や、子どもの通路設計の数値として使うものではありません。ここで注目したいのは、私たちが幅を単独のセンチメートルとして見るだけでなく、自分の体で動けるかどうかを読み取っている点です。
赤ちゃんは「見える崖」を渡るのか
動画で印象に残るのが、「視覚的断崖」と呼ばれる実験です。床の模様がすぐ下にある側と、ずっと下にあるように見える側を用意し、上を透明なガラスで覆います。どちらも体を支えられますが、深い側は崖のように見える仕組みです。

エレノア・J・ギブソンとリチャード・D・ウォークが1960年に報告した実験では、生後6〜14か月の乳児36人が調べられました。中央の板から動いた27人は、全員が少なくとも一度は浅い側へ進みました。一方、深い側のガラスへ進んだのは3人でした。[出典:Gibson & Walk「The Visual Cliff」(1960年)、結果の要約]
この結果からは、参加した赤ちゃんの多くが見かけの深さに応じて行動を変えたことがわかります。ただ、著者たちは、人間の乳児の奥行き知覚や回避が生得的だと、この実験だけで証明できるわけではないと明記しています。「教わっていないのだから、生まれつきすべてわかる」とは結論できません。
「The Visual Cliff」原論文の書誌情報(PubMed)
なお、アフォーダンスを提唱したジェームズ・J・ギブソンと、この実験の著者エレノア・J・ギブソンは別の研究者です。関連する研究でも、何を確かめた実験なのかを分けると理解が進みます。
お母さんの表情も、赤ちゃんの判断材料になる
では、深さがはっきりせず、進んでよいか迷う場面ではどうでしょう。1985年のソースらの研究は、視覚的断崖の条件を調整し、1歳児の行動がお母さんの表情によってどう変わるかを調べました。
研究では、喜びや関心を示す表情と、恐れや怒りを示す表情とで、赤ちゃんの進み方に違いが見られました。先が読めない状況で周囲の人の反応を手掛かりにする「社会的参照」を考える研究です。1960年の実験と同一の実験ではなく、こちらは曖昧な状況で感情の合図が果たす役割を扱っています。[出典:Sorceほか「Maternal Emotional Signaling」(1985年)、論文概要の要約]
赤ちゃんは床だけを見ているわけではなく、そばにいる人の様子も判断材料にします。ただし、この実験を「お母さんがいつも笑顔なら大丈夫」「不安な表情が子どもを臆病にする」といった子育て全般の断定に広げることはできません。特定の場面で観察された行動と、長期的な性格形成は別の話です。
重いリュックで坂が急に見える、はどこまで本当?
動画には、重い荷物を背負うと坂が急に見えるという話も出てきます。バラとプロフィットの1999年の研究は、荷重や疲労などと坂の傾斜の見積もりとの関係を調べ、身体的な負担を考えるうえで注目されました。[出典:Bhalla & Proffitt(1999)、研究概要の要約]
一方、この種の実験には異論もあります。ダーギンらの2012年の研究では、重いリュックそのものに加え、実験者の説明や、参加者が「こう答えるべきだ」と受け取ることの影響が検討されました。リュックを無視して答えるように伝えると、傾斜の見積もりに対する効果が消えるという結果が報告されています。[出典:Durginほか(2012)、結果の要約]
したがって、「荷物が重ければ、視覚そのものが必ず変わる」とは簡単に言えません。体の状態が知覚や判断とどう関わるかを考えるには、参加者への質問の仕方まで確かめる必要があります。
上向きの動きと、思い出す記憶の関係
ビー玉を上へ動かすと明るい話になり、下へ動かすと暗い話になる。動画の説明は印象的ですが、元の研究で測られたのは、主に自伝的な記憶の取り出し方です。
カササントとダイクストラの2010年の研究では、上向き・下向きの運動と、肯定的・否定的な記憶を思い出す速さや、思い出される内容との関連が調べられました。体の動きが記憶の取り出しに関わる可能性を示す結果です。[出典:Casasanto & Dijkstra「Motor action and emotional memory」(2010年)、2実験の概要の要約]
ここから「上を向けば必ず元気になる」「下を見ると心が暗くなる」とまでは言えません。記憶を取り出す実験の結果と、毎日の気分や心の不調を変える方法は、分けて考えたいところです。
日常で役立つのは「動きやすい環境」を考えること
アフォーダンスの考え方を暮らしに生かすなら、気合で気持ちを変えようとする前に、物の高さや距離、置き方を見直してみるとよさそうです。これは個々の研究の効果を保証する処方ではなく、体と環境の関係に着目するための考え方です。
- よく使う物を、背伸びや無理な姿勢がいらない位置に置く。
- 椅子や机を、使う人の体格に合うかという観点で選ぶ。
- 通りにくい場所は、「注意して歩く」だけでなく、荷物の位置や通路の幅も見直す。
同じ場所でも、体格、疲れ、持っている物によって動きやすさは変わります。「なぜできないのか」を本人の気持ちだけに求めず、環境との組み合わせも調べる。アフォーダンスを知ると、暮らしの不便を見直す観点が一つ増えます。
もっと知りたい人へ:アフォーダンスの入門書
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佐々木正人さんの『アフォーダンス入門――知性はどこに生まれるか』(講談社学術文庫)は、環境と知性の関係を考える一冊です。出版社の紹介では、動物や道具、日常の行為などを通じて、アフォーダンスの考え方を扱う構成が案内されています。
見え方の不思議に関心がある方は、『エッシャー完全解読』の読書ノートもどうぞ。アフォーダンスとは別の題材ですが、図を眺めながら「なぜそう見えるのか」を考えられます。
今回取り上げた動画:武田鉄矢の「教えてサン!八先生」“アフォーダンス理論”とは?(サン!シャイン公式ch.、2025年9月24日)
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